[エレベーターの母娘]
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留学先の自分の屋根裏のアパートに戻ると、手紙が届いていた。
なんと彼女からだった。正直、生まれて一番びびったかもしれない。

封筒を開けると、酷いものだった。錯乱していた。辛うじて内容は
つかめたが、本当に荒れた字だった。

わたしはしぬ。あれからずっとおいまわされてる。
げんじつにもゆめにもずっと、あのおとと、あのふたりがついてくる。

読める範囲で理解できた言葉はそれだけだった。
ただ、デッサンが同封されており、なんてことは無い俺のアパートの
丸窓だった。

俺はあまり泣かないほうだが、この時ばかりは泣いた。
15年ほど前にオヤジが死んだときも泣いたが、それ以上に泣いた。

それを機に、急遽帰国して今に至るわけだが。

帰国する前に、他国へ留学した画学生の国に
遊びに行った。

相変わらず飄々としていたが、起こったことをすべて話すと
「黙っていたことがある。」といって語り始めた。

なんでも彼女が、俺の家に初めて来て以来、ずっと変な親子に
付きまとわれていたと言うこと。
なんとなくは予想していたが、当時は、本当にそんなことがあるとは
思いもしなかった。思えば、付き合った半年、後にも先にも彼女は
その一度しか家に泊まっていなかった。

俺にそれを黙っていたのは彼女の思いやりらしく、その画学生の友人も
約束を守り続けていたらしい。

そしてそれを聞かされあと、俺は留学を取りやめ、
完全帰国することを打ち明けた。

すると、「実はもう一つ黙っていたことがある。」といい

「俺も見たんだ、実は。」

そう続けた。「彼女の言っていた母親と子供を見た。」
そうも言った。いきなり言われたもんだから、信じれなかったが、
「俺もそれ以来ずっと付きまとわれている。」
「それからあのエスカレーターのブーンとか言う変な音も。」

そう言うと、いきなり怖い顔して俺にこう言った
「日本に帰るまでどんなことがあってもあのエスカレーターに近寄るな。」

帰国のための荷物を手っ取り早くまとめ、飛行機のチケットを手配し、
逃げるようにして日本に帰ってくるわけだが、
帰る前に、彼女との思い出の場所やらなんやらを一通り巡った。

その国での最後の夜に、ちょうど2時過ぎ頃、彼女が丸窓を覗いた頃、

エスカレーターがブーンと鳴り始めた。

友人の忠告も無視して、俺は覗いた、しかもずっとそのエスカレーターが
止まるまで見続けた。

なにもない。なにもいない。

この話は、ここで終わる。俺は幸いその親子に付き纏われずに
日本に戻り、普通に仕事をして暮らしている。

ただ、この話には一つだけ今でも俺を悩ませている事がある。

それは実家に着くと俺宛に届いた画学生の友人からの一通の
手紙である。

そこには今から自殺すると言うこと、探さなくて構わないということ、
そして…

俺が彼女と付き合っている間に、彼女をレイプしたらしい。
そして、それ以来段々と彼女がおかしくなったと言うことが書かれていた。

それを読んだとき、俺は彼女が俺宛に遺した手紙を引っ張り出した。
最後のどうしても読めなかった一文をやっとその時読むことが出来た。

「こめんなさい、本当にごめんなさい。」


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