[A日新聞奨学生]
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オレは鳥肌が立つのを感じた。それと自分の意思で起き上がれないことにも気付いた。
金縛りではなく「動いちゃいけない」と誰かに止められているような感覚だった。
しばらくして、そのきしみ音は消えた。
容赦なく仕事はやってくる。またいつものように暗闇の街に配達にでなければならない。
この日は本当に気分が重く、闇が恐ろしく感じた。

この街には羽ぶりが良かった頃の紡績会社の団地がいくつもある。今はみる影もなく
住人もまばらで、一棟まるごと空家なんてのもある。そんな団地のひとつに駆け上が
って行った時、オレは立ちすくんでしまった。
それは、その場所からあの501住宅が見えたからだ。闇の中に電気がついている。
「人が入った?いやありえんだろ、さっき通った時は誰も・・・」
凝視するオレの目に、その光がユラユラ揺れて明滅するのが分かった。そして灯りは
消えた。

オレは新聞店舗のオヤジに話した。そして配達地区を変えてくれるよう頼んだ。
そしてオヤジがオレに語った事は驚くような内容だった。
「いやあ、しばらく大人しかったんだけど、また出るようになったんだ。あそこは鬼門
やね。お祓いしてもろたのに納まらんようや」
すでに町内で死人が何人も出ているというのだ。

とにかく次が見つかるまでもうしばらく続けてくれというので、仕方なく引き下がった
が、今まで絶対信用していなかった「お祓い」というものを受けに氏神でもあるMT
神社に行くことにした。そこで一通りのお祓いを受けたあと、護符を頂いてきたのだが
どうにも、自分の部屋に居ると気が滅入って仕方がない。迷信深いわけでも
自己暗示が強いとも思わないのだが、実際にこの目この耳この体で感じた
ものに説明がつかないでいることが不安だった。

そして5日目の夜

「それ」は最後の道連れを探しにやってきた。
同じアパートのY本さんは、普段からオレに親切にしてくれるいい兄貴分だった。
この日の夜、業務用アイスクリームのパックを持ってきてくれて
「なんかここ最近人が死ぬ事ばっかしやな」
と10時過ぎまで話込んでいた。オレは自分の部屋の話、雨音の話、501の
灯りの話をY本さんにした。

「そら考えすぎやで あかんあかん ストレス溜まってんのや どうしても
 気味悪いっちゅうんやったら、部屋代わったろか?こっちは北側やし
 オレはええで 何やったら今夜ここでオレが寝たろか? 確かめたるわ」

オレは断ったが、Y本さんの方が乗り気で、結局2人でオレの部屋に寝る
ことになった。

そしてオレはセットしておいた目覚まし時計で起きることもなく、新聞店舗から
の呼び出しできた大家のおばはんの絶叫で目が醒めた。

Y本さんは棒棚に紐をかけ、首をつって死んでいたのだ。



それ以来、オレのまわりで死んだ人間はいない。
いや、その日で新聞奨学生を辞めたオレには、あの街で何人がその後死んだか
知る術がないのだ。


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