[花束]
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・・・ピリリリリリリ!!ピリリリリリリ!! 
今度は友人からちゃっかり着信である。何だこの未体験ゾーンは!? 
「もしもし!?」 
『あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』 
絶叫。友人の声ではない。受話器から耳を離す。それでも続く女の絶叫。 
常人の肺活量では続かない長さである。友人が無事では無いことを悟る。 
「くっそ!」 
今すぐ友人のもとへ行かねば、取り返しのつかないことになる! 
もう遅いかも知れないが・・・ 
『あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』 
―プツリ・・・ 
絶叫が響き続ける携帯を切り。俺は橋の反対側、友人のもとへ走った。 
欄干の傍は通りたくないので、歩道ではなく車道のど真ん中を疾走する。 
数少ない街頭の間と間にある、その深い闇に何かが潜んでいそうで、 
走りながら恐怖で気が狂いそうだった。 
そして、橋の中間点に差し掛かった時、正面の暗闇から黒い影が 
すごい勢いで接近してきた。 
―!!! 
友人を助けることなど一瞬で忘れ、来た道をダッシュで引き返す俺。 
あの影ナニ!?どんだけ奇襲かけてくんだよ!! 
(うおおおおおおおおおおおお・・・!!) 
走りながら涙と鼻水と小便を垂れ流すような経験は、 
後にも先にもこれが最後であってほしい・・・ 
影はまだついてきており、足音が聴こえる!が・・・ 
「お〜い!何で逃げんだよw」 
背後から友人の声である。影の正体は友人であった。 
門限をとっくに過ぎていたため、怖いながらも意を決して、 
こちら側に走ってきたそうである。 
「イヤお前・・・さっきの電話で来てくれ来てくれ言ってたくせに・・・ 
しかも圏外で・・・出たら絶叫って・・・」 
今度は俺が激しくテンパる番であった。 
「電話って・・・自転車のカゴの、バッグの中だけど?」 
コイツこんな状況で脅す気か?とでも思ってのか、不審そうな表情で 
答える友人・・・ 
(・・・え?・・・だとすると・・・俺が友人だと思って通話してたのは・・・) 
マジややこしくてごめん!w 
それから俺達はとぼとぼと二人で歩いて帰宅した。自転車を失い、小便臭い俺と肩を並べて歩く友人が不憫でならなかった・・・ 
疲れきったお互いに会話は無い。 
―夜道を歩きながら考える。 
(もし・・・橋を渡りきっていたら一体何が待っていて、俺はどうなっていたのか?) 
また小便を漏らしそうになった。が、漏らす小便も既に尽きていた・・・ 
「ねぇ、あの橋ってさ、昔から良くない噂とか歴史とかあった?」 
後日、俺は地元の地理と歴史に詳しい爺ちゃんに訊ねてみた。 
「あぁ、あの周辺は、コレなんだよ・・・」 
爺ちゃんはそう言って、親指を曲げて四本指を差し出した。 
―四ツ、四ツ脚・・・ 
かつてそう呼ばれた身分の人々がいたのを、皆さんはご存知だろうか? 
今もいるけどね・・・ 
まともな職に就けないそういった人々が、当時どんな仕事をしていたか? 
「四ツ脚」つまり食用の家畜を扱う仕事の他に、俺の地方では河原の 
「砂利拾い」が主だったようである。 
良質の河砂利は、建設業者に高値で買取られる。 
当然、骨身を削って「砂利拾い」をする輩が現れる。 
だが、当時のそこはダムさえ無かった流れの荒い河原で、年間を通して 
水死者が多発したそうである。 
その後、ダムが建設され水量が安定したのを機に、一つの橋が架けられた・・・ 
以上が爺ちゃんから聞いたハナシ。 
更に不気味だったことが一つ・・・ 
あの日橋の上で拾った謎の紙。それを俺も友人も、知らず知らずのうちに、 
ポケットに詰めて持って帰ってきていたのである。 
紙は二人で燃やして、自宅の玄関と部屋に軽く塩を撒いておいた。 
現在、特に変わったことは何も無いし、爺ちゃんの話してたことが、 
橋の怪奇現象と関係しているのかも分からず仕舞いだが、 
とにかく俺も友人も、二度と車以外であの橋に行くことはなくなった。