[赤と青の炎]

それでは、マサさんの元で行った「修行」の話の続き。

呼吸法をどうにかクリアしたPだったが、結局、俺と同じ修行法を行うことは出来なかった。
マサさんの「気力」の消耗が激しかったこと、Pには俺の方法を行う適性がなかった為だ。
俺に行った方法は、丹田の力がある程度開発されている事が前提となる方法だった。
俺とPを分けたもの・・・「丹田の力」の差は日本人と朝鮮人との間ではかなり決定的なものらしい。
日本人は「気」の力を丹田に溜め込む体質であり、朝鮮人は気を極端に発散する体質だそうだ。
朝鮮人の気質は極端に「陽」であり、日本人は極端に「陰」の気質なのだ。
マサさんの修行が目的とするところは、俺達に自分で自分の体に「気」を蓄える術を身に付けさせる事だった。
そして、その蓄えた気を利用して俺達に纏わり付く蟲・・・「魍魎」から身を守る気の操作を学ぶ事だった。

読み進めれば判るが、俺が行った行は武道や武術を応用したものが多く、呪術や祈祷とは縁遠いようにも見える。
しかし、基本的な力をつける修行は、一定の「理屈」に合致させれば、踊りや楽器の演奏、農作業や鍛冶などの工芸作業の中に取り込んで行えるそうだ。
むしろ、そのような一見呪術や祈祷とは縁遠いものに隠して日々行うのが望ましいのだと言う。
武道・武術の形式を用いたのは、マサさんの好みであり、俺に向いた方法だということだ。
他の地域の韓国人とマサさんの出身地ではかなり気質が異なり、体質がかなり日本人に近いそうだ。
確かに、キムさんもそうなのだが、マサさんと同じ出身地の韓国人や在日韓国人には、他の地域の出身者に比べて温和で我慢強い人物が多い。
Pよりも体質がマサさんに近かった俺は、マサさんが行ったものに近い修行を行ったようだ。

マサさんが俺に「気」を蓄える為の行法として教えた物は、意外なことに沖縄空手の基本功である「三戦(サンチン)」だった。
知っている方も多いと思うが、「三戦(サンチン」とは沖縄の那覇手と呼ばれるカテゴリーの空手で行われる「基本功」である。
源流は白鶴拳や洪家拳に代表される南派中国拳法とされている。
三戦は、鼻から息を吸い、腹式呼吸で臍下丹田に送った気に腹圧をかけて圧縮する呼吸法に特徴がある。
全身の筋緊張と共に丹田に圧縮を掛けながら、口から独特な呼吸音を出しながら動作を行う。
丹田の力を引き出し、筋緊張に利用する「防御の型」の最高峰である。
三戦で鍛えた空手家の体は鋼鉄のように堅牢となり、並みの突き蹴りなどは全く受け付けなくなり、角材などで殴っても逆に角材がヘシ折れる有様である。
三戦で有名なのは、ゆっくりとした動作と呼吸で拳を突き出すものだが、マサさんが取り入れたのは別のタイプだった。
突きは拳ではなく貫手を使う。
貫手を引きながら素早く丹田に息を引き込み、瞬間的な圧縮を掛けながら鋭く貫手を突き、構えに戻した瞬間に「シッ」という鋭い呼気を吐き、全身を締める。
そして、一歩進んで再度丹田と共に全身を締め上げて再圧縮を掛け、「シッ」と呼気を吐くのだ。
この一吸気二呼気二圧縮の複雑な丹田操作を行うやり方をマサさんは父親から習ったそうだが、元の空手はかなり「荒い」鍛え方をする流派らしい。
マサさんの三戦は前回出てきた「第1の呼吸法」のように、頭の天辺から背骨を通して丹田に気を引き込む。
「霊的な気」を丹田に導引するには、霊的な気を通す背骨の中の「気道」を用いなければならないらしい。
丹田の「圧縮力」は体に負荷を掛けて行うほど高まるようだ。
沖縄では三戦の型を行いながら補助者が全身を拳で打ち据え、蹴りを入れて鍛えたり、重いカメや壷を手に持って行ったりするようだ。
マサさんの所にも、何処から持ってきたのか、24L入りの紹興酒のカメがあり、それを持って行をさせられたりもした。

中国の武術には門派により様々な形式があるが、丹田の力を強化するための基本功が必ずと言って良い程に含まれているそうだ。
逆に、日本の武道・武術は、中国拳法を起源としたり導入した空手の一部を除いて、丹田強化を意識的に行っている流派は余りないらしい。
しかし、空手はもとより柔道や剣道、相撲やレスリングなど、あらゆる武道・武術で日本人は丹田を巧みに使っていると言う事だ。
呼吸により丹田に気を引き込み、圧縮をかけて力を出す「技法」を日本人は本能的に行う民族なのだという。
この「丹田力」は武術だけでなく、呪術・祈祷にも重要な要素らしい。
丹田に蓄えた「気」を「霊力」に変換して利用する事によって、呪術師や祈祷師は術を行う。
朝鮮人に生来的に備わっている「気」自体は非常に強く、日本人や中国人を圧倒しているらしい。
しかしそれは、体を循環して外に発散される「陽」の気であり、丹田力は非常に貧弱なのだという。
丹田力が弱いと気のコントロールは非常に困難になる。

続く