[転生]
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俺の中の警報装置は、危険!危険!と赤ランプを点滅させっぱなしだった。

父親のバーク氏は「娘」を取り戻そうとして見境の無い状態になっていた。
カナダからの情報では、かなりの金を使って日本で人を動かしている。
凶暴化したジュリーが脱走する恐れもあった。
乗ってきた車も文たちに持って帰らせ、俺達は完全な缶詰め状態で潜伏を続けた。
マサさんが「準備」を済ませ、潜伏中の俺達に連絡してきた時、潜伏開始から2週間を過ぎていた。

翌朝出発した俺とマサさんは、昼すぎに潜伏場所に到着した。
前日、朴が来た時、ジュリーはかなりナーバスな状態にあったが、その時は落ち着いていた。
同じ境遇で、歳は近いが年長のアリサの存在はやはり大きかった。
俺と権さんだけでは、2週間にも及ぶ潜伏生活は不可能だっただろう。
マサさんは俺に話した韓国と日本で調査した内容をアリサの通訳を介してジュリーに話して聞かせた。
バーク夫妻も俺達も、ジュリーには退行催眠で彼女が話したこと、彼女が林幸恵の生まれ変わりだと言ったことは教えていなかった。
カウンセラーの操作でジュリーも催眠で自分が語ったことを忘れている。
だが、マサさんの話を聞くと大粒の涙をボロボロ流しながら、肩を震わせて泣いた。
マサさんは『寺が林家を供養して、新しい墓を立てることになった。一緒に行かないか』と、たどたどしい英語でジュリーに言った。
ジュリーは「YES」と答えた。
マサさんが訳を話して住職に頼み、檀家総代の大森家が動いて檀家衆を説得したのだ。
役員で反対を表明するものはいなかった。

マサさんとキムさん、ジュリーと俺と権さん、そしてアリサは2台の車に分乗して、林家のあった町に向かった。
俺の運転する車に権さんとアリサ、そしてジュリーが乗った。
ジュリーにとっては、祖父の罪を林家と幸恵に詫び、供養して赦しを得る為の旅だっただろう。
しかし、ジュリーは目的地が近付くと涙を流しながら『初めて来た所なのに懐かしい・・・』と言っていた。
俺は何か予感じみたものを感じていた。

夕方、町に着いた俺達は、寺の紹介で杉村家と言う旧家に泊めてもらうことになった。
当主の杉村氏は50歳前くらいの男性だった。
ふと、仏間に目が行ったときに俺は気付いた。
杉村家は林幸恵の実家だ。
額に入った若い女の写真。
あれは林幸恵に間違いないだろう。
学校から帰宅した杉村氏の高校生の次女を見たとき、確信に変った。
杉村家の人々も驚いていたが、ジュリーと彼女はまるで姉妹のように似ていたのだ。
ジュリーも杉村家に来て、理由の判らない懐かしさを感じていたようだ。

翌日土曜日、杉村氏に伴われて俺達は町内を見て回った。
ジュリーは言葉には出さないが、見るもの全てが懐かしいといった風情だった。
あちこち見て回って、ある地蔵の前に来た時、俺はぞわっと寒気を感じた。
地蔵の背後には鉄柵と鍵で封じられた深そうな穴がある。
穴からは嫌な空気が漂っていた。
横を見るとジュリーが立ちくらみでも起したように倒れ掛かった。
近くにいた杉村氏がジュリーを抱き止め、その日はそれで戻る事になった。
ジュリーは杉村氏に背負われて杉村家へ戻った。

翌日の昼頃、俺達は寺の墓地にいた。
林家の墓所だった所で住職が経を上げて、墓地での儀式は思ったより簡単に終わった。
本堂に戻ると其処には縄の囲いと護摩壇が用意されていた。
これからが本番のようだ。
護摩が焚かれ、住職が経を唱えながら火に護摩木を加える。
炎は天井まで焦がすのではないかと言うほど高く上った。
住職の読経は続く。
ぞわっと異様な気配を感じてマサさんを挟んだ位置にいるジュリーを見た。
汗をびっしょりかいてぶるぶる震えている。
美しく整っていた顔は悪鬼の形相だ。
遂に彼女の中の「獣」が目を覚ましたのだ。
彼女は奇声を上げて立ち上がった。
マサさんは彼女と同時に立ち上がると、彼女の背中をパシーンと大きな音を立てて何度も平手打ちした。
そして、落雷のような大きな怒声で、日本語で叫んだ。
「林幸恵、姜時憲は姜相憲がお前の敵を取って殺したぞ。

姜種憲を除いて姜一族は死に絶えた!
お前の恨み、善太郎の恨みは晴らされたぞ!」
マサさんの言葉を聴いて俺はギョッとした。
マサさんの言葉が終った瞬間、ジュリー=姜種憲はその場に崩れ落ち、意識を失った。

後日マサさんに聞いた話によれば、マサさんが韓国から日本に戻った後、姜相憲は姜時憲を刺殺し、同じ銃剣で首を突いて自殺した。
姜時憲は生きていたのだ。
時憲の居場所を相憲に教えたのはマサさんだった。
そして、相憲に居場所を教えるようにマサさんに頼んだのは、他ならぬ時憲本人だった。
この話には更に裏がある。

続く