[しっぽ]
前頁

「きょっ」
と奇妙な叫び声が扉の向こうから聞こえ、正夫は続けざまに2発、3発
と撃ちました。散弾銃に空けられた扉の穴から、真っ赤に血走った目が
見えました。
「しっぽ しっぽ わたしのしっぽを かえしておくれ」
人間の幼児そっくりの声で、「それ」は言いました。
「尻尾なんて知らん!!帰れ!!」
正夫は続けざまに引き金を引こうとしましたが、体が動きません。
「しっぽ しっぽ わたしのしっぽを かえしておくれ」
「それ」は壊れたテープレコーダーの様にただそれだけをくり返します。
「し、知らん!!あっちにいってくれ!!」
「しっぽ しっぽ わたしのしっぽを かえしておくれ」
再びガリガリと扉を引っ掻きながら、「それ」は扉の穴から怒り狂った
赤い目で正夫を見ながらくり返し言います。タケルも吠えるのを止めて
尻尾を丸めて縮こまっています。
「俺じゃない!!お前のしっぽなんて知らねぇ!!あっちにいけ!!」
正夫は固まったままの体で絶叫しました。すると「それ」は、
「いいや おまえが きったんだ!!!」
と叫び、扉を破って中に入ってきたのです。

正夫の記憶は、それから途切れ途切れになっていました。
扉を破って現れた、幼児の顔。怒りを剥き出しにした血走った目。
鋭い前足の爪。自分の顔に受けた焼けるような痛み。「それ」に飛びかか
るタケル。無我夢中で散弾銃を撃つ自分。正夫が気がついた時は、村の
病院のベッドの上でした。3日間昏睡状態だったそうです。正夫の怪我は
左頬に獣に引き裂かれた様な裂傷、右足の骨折、体のあちこちに見られる
擦り傷などの、かなりの重傷でした。正夫は、村人には「熊に襲われた」
とだけ言いました。しかし、何となく正夫に何が起こったかを感づいた
様で、次第に正夫は村八分の様な扱いをうけていったのです。やがて、
正夫は東京に引っ越し、そこで結婚し、俺の祖父が生まれました。
ちなみに、この話は正夫が肺ガンで亡くなる3日前に、俺の祖父に
話して聞かせたそうです。地名は、和歌山県のとある森深い山中での
出来事だとだけ言っておきます。

ちなみに、愛犬のタケルですが、まるで正夫を守るかの様に、正夫の上に
覆い被さって死んでいたそうです。肉や骨などはほぼ完璧な状態で残って
いたそうですが、何故か内臓だけが1つも残らず綺麗に無くなっていた
そうです。


次の話

お勧めメニュー3
top