[降霊実験]
前ページ

京介さんからさらに遅れるという連絡が入り、もう始めようということになった。
僕は俄然ドキドキしはじめた。
kokoさんはマンションの一室を完全に目張りし、一切の光が入らないようにしていた。
こっくりさんなら何度もやったけれど、こんな本格的なものははじめてだ。
交霊実験ともいうが、降霊実験とはつまり霊を人体に降ろすのである。
真っ暗な部屋にはいると、ポッと蝋燭の火が灯った。
「では始めます」
kokoさんの表情から一切の感情らしきものが消えた。

「今日は初めての人がいるので説明しておきますが、これから何が起こっても決して
 騒がず、心を平静に保ってください。心の乱れは必ず良くない結果を招きます」
kokoさんは淡々と喋った。みかっちさんも押し黙っている。
僕は内心の不安を隠そうと、こっくりさんのノリで
「窓は開けなくてもいいんですか?」と言ってみた。
kokoさんは能面のような顔で僕を睨むと囁いた。
「窓は霊体にとって結界ではありません。通りぬけることを妨げることはないのです。
 しかしこれから行なうことは私の体を檻にすること。うまく閉じこめられればいいの
 ですが、万が一・・・・」
そこで口をつぐんだ。僕はやりかえされたわけだ。
逃げ出したくなるくらい心臓が鳴り出した。
しかしもう後戻りはできない。
降霊実験が始まった。

僕は言われるままに目を閉じた。
蝋燭の火が赤くぼんやりと瞼にうつっている。
どこからともなくkokoさんの声が聞こえる。
「・・・ここはあなたの部屋です。見覚えのある天井。窓の外の景色。
 ・・・さあ起き上がってみてください。伸びをして、立つ。
 ・・・すると視界が高くなりました。あたりを見まわします。
 ・・・扉が目に入りました。あなたは部屋の外に出ようとしています」
これは。
あれではないだろうか。目をつぶって頭の中で自分の家を巡るという。
そしてその途中でもしも・・・という心理ゲームだ。
始める直前にkokoさんがいった言葉が頭をかすめた。
『普通は霊媒に降りた後、残りの人が質問をするという形式です。
 しかし私のやりかたでは、あなた方にも<直接>会ってもらいます』

僕は事態を飲みこめた。恐怖心は最高潮だったが、こんな機会はめったにない。
鎮まれ心臓。鎮まれ心臓。
僕はイメージの中へ没頭していった。

く。
という変な声がしてkokoさんが体を震わせる気配があった。
「手を繋いでください。輪に」
目を閉じたまま手探りで僕らは手を繋いだ。
フッという音とともに蝋燭の火照りが瞼から消え、完全な暗闇が降りてきた。
かすかな声がする。
「・・・あなたは部屋をでます。廊下でしょうか。キッチンでしょうか。
 いつもと変わりない、見なれた光景です。あなたは十分見まわしたあと、
 次の扉を探します・・・」
僕はイメージのなかで下宿ではなく、実家の自室にいた。
すべてがリアルに思い描ける。
廊下を進み、両親の寝室を開けた。
窓から光が射し込んでいる。畳に照り返して僕は目を細める。
僕は階段を降り始めた。キシキシ軋む音。手すりの感触。
すぐ左手に襖がある。客間だ。いつも雨戸を降ろし、昼間でも暗い。
僕は子供の頃ここが苦手だった。
かすかな声がする。
「・・・あなたは歩きながら探します。
 ・・・いつもと違うところはないか。
 ・・・いつもと違うところはないか」
いつもと違うところはないか。僕は客間の電気をつけた。
真ん中の畳の上に切り取られた手首がおちていた。

続く