[帰省]
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私は彼女に少しだけ待ってくれと言い、自分も急いで帰り支度をして、
彼女といっしょに両親のもとへ行きました。
父も母も元気でとだけ言い、それ以上何も言いませんでした。
私は何かを言わなければ、何か訊いておかなければいけないことがある、
そう思いましたが、それが何かわからない、そんな状態でした。
彼女の一刻も早くこの家から離れたいというのが、
その様子から見て取れたので、私はお決まりの別れ言葉を残し、家を出ました。
家から出ただけで、あの澱んだ空気から開放された感があり、
私はずいぶんと気が楽になりました。
しかし、彼女は駅に着き電車に乗るまで、何一つしゃべりませんでした。
一度も振り返ることなく足早に歩いて、少しでも家から遠くに、そんな感じです。
電車に乗ってから、私は彼女の様子が落ち着くのを見計らって、
大丈夫、どうかしたのか、尋ねました。
彼女はしばらくのあいだ下を向いて、なにやら考え込むようなしぐさを見せ、
それから話し始めました。
「ごめんなさいね、本当に悪いことをしたと思ってるわ、
せっかく久しぶりの帰省なのにね、
それにわたしから挨拶しておきたいなんて言っておいて、
ほんとうにごめんなさい、ちゃんと説明してほしいって思ってるでしょ、
でもね、できないと思うの、
わたしがあの家にいるあいだに感じたことや経験したことを、
わたしからあなたに伝えることが、わたしにはできないの、ごめんなさい」
彼女はそう言って、溢れ出しそうになる涙を手の甲でおさえました。
私も泣き出しそうでした。
何か分からない、彼女がなにを言っているのかよくわからない、
でも、私自身あの家にいるあいだに、確かに澱んだ何かを感じたのを覚えています。
だから、私には彼女を責めることはできませんでした。
涙をおさえながら彼女はもう一度「ごめんね」と言い、
私の名をその後に付け加えました。
そのときです。私は、あることに気がつきました。
どうして、今まで一度もそのことを疑問に思わなかったのでしょう、
信じられないくらいです、いまま何度となく、
いろいろな場でペンを手にとり書いたこともあり、
自分の声で言葉に出したこともあるのに、
なぜ一度も疑問に思わなかったのでしょうか、
私は一人っ子であるにもかかわらず、
なぜ「勇二」という名前なのだろう
続く