[血(後編)]
前頁

「はじめて見せてもらった時は、足が竦んだ。今でも寒気
 がする」
そんなことを聞かされると怖くなってくる。
「あいつの父親がそういう呪物のコレクターで、よりによ
 ってあんなものを娘に持たせたらしい。人格が歪んで当
 然だ」
煽るだけ煽って、京介さんは詳しいことは教えてくれなか
った。
ただなんとか聞き出せた部分だけ書くと、「この世にあっ
てはならない形」をしていること、そして「五色地図の
タリスマン」という表現。
どんな目的のためのものなのか、そこからは窺い知れない。
「靴を引っ張られる感覚があったんだってな。感染呪術ま
 がいのイタズラをされたみたいだけど、まあこれ以上変
 に探りまわらなければ大丈夫だろう」
京介さんはそう安請け合いしたが、俺は黒魔術という「遊
びの手段」としか思っていなかったものが、現実になんら
かの危害を及ぼそうとしていることに対して、信じられな
い思いと、そして得体の知れない恐怖を感じていた。
体が無性に震えてくる。
「一番いいのは信じないことだ。そんなことあるわけあり
 ません、気のせいですって思いながら生きてたら、それ
 でいい」

京介さんはビールの缶をベコッとへこますと、ゴミ箱に投
げ込んだ。
そう簡単にはいかない。
なぜなら、間崎京子のタリスマンのことを話しはじめた時
から、俺の感覚器はある異変に反応していたから。
京介さんが、第二理科室に乗り込んだ時の不快感が、今は
わかる気がする。
体が震えて、涙が出てきた。
俺は借りたばかりのタリスマンを握り締めて、勇気を出して
口にした。
「血の、匂いが、しません、か」
部屋中にうっすらと、懐かしいような禍々しいような異臭
が漂っている気がするのだ。
京子さんは今日、一度も見せなかったような冷徹な表情で、
「そんなことはない」
と言った。
いや、やっぱり血の匂いだ。気の迷いじゃない。
「でも・・・・・・」
言いかけた俺の頭を京介さんはグーで殴った。
「気にするな」
わけがわからなくなって錯乱しそうな俺を、無表情を崩さ
ない京介さんがじっと見ている。
「生理中なんだ」
笑いもせず、淡々とそう言った顔をまじまじと見たが、その
真贋は読み取れなかった。

大学1回生の秋。
借りたままになっていたタリスマンを返しに京介さんの家
に行った。
「まだ持ってろよ」
という思いもかけない真剣な調子に、ありがたくご好意に
従うことにする。
「そういえば、聞きましたよ」
愛車のインプレッサをガードレールに引っ掛けたという噂
が俺の耳まで流れてきていた。
京介さんはブスッとして頷くだけだった。
「初心者マークが無茶な運転してるからですよ」
バイクの腕には自信があるらしいから、スピードを出さな
いと物足りないのだろう。
「でもどうして急に車の免許なんか取ったんですか」
バイカーだった京介さんだが、短期集中コースでいつのま
にか車の免許を取り、中古のスポーツカーなんかをローンで
購入していた。
「あいつが、バイクに乗り始めたのかも知れないな」
不思議な答えが返されてきた。
あいつというのは間崎京子のことだろうと察しがついた。
だがどういうことだろう。
「双子ってさ、本人が望もうが望むまいがお互いがお互い
 に似てくるし、それが一生つきまとうだろう。それが運
 命なら、しかたないけど。双子でない人間が、相手に似
 てくることを怖れたらどうすると思う」
それは間崎京子と京介さんのことらしい。

続く