[異界への扉]
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「ぶ、ぶら下がってた」
「やっぱりいたんだね、一体何なの?ちゃんと見えた?」
「う、うん。見た。間違えない。ぶら下がってる。」
「何が・・・何がぶら下がってたの?」
「あの部屋、すぐに引っ越しな。絶対、あの人だよ、あの人がいたんだよ。あの部屋に。」
「あの人って・・・・じゃあ、ぶら下がってたのは、人間?」
「・・・・落ち着いて、落ち着いて聞いてよ」
友達は自らにそう言っていたようだ。
べっとりと汗をかいている。
「首がダラッと伸びた人間が、ぶら下がってた。じ、自殺?首つり自殺?」
次の日、私は資料をまとめられなかったことから、例のクライアントの担当をおろされた。
事情が事情だが、そんなことを言えば益々立場が悪くなる。
インフルエンザにかかったと会社に告げ、しばらく休暇をもらうことにした。
その後、同じく会社を欠勤した友達と二人、管理会社を訪ねた。
話をして敷礼を返してもらえと息巻いている。
昨夜、二人が見た光景を管理会社の担当に話した。
不思議とおちょくった様子はない。
「何かあったんでしょ、あの部屋、何かって言うか、自殺してるでしょ、女の人が。」
そう言うと、抑えたトーンで管理会社の人が答えた。
「言いにくいお話なんですが、2年ほど前に以前住んでいりゃっしゃったかたがお亡くなりになりまして。
○○さんの前に入居していた方も同じ事をおっしゃって出て行かれたんです。
毎月、決まって変なことが起きるとおっしゃって。
たしか、その方も最終月曜日と。」
「だ、誰なんですか?女の人ですよね。違いますか?」
友達がまくし立てる。
「そうですね・・・・女の方・・・美容師をされていたようなんですが。」
5日後の引っ越しの日、そそくさと荷物を運び出す私を見た近所のおばちゃんが、頼んでもいないのにその美容師の話を聞かせてくれた。
亡くなっていたのは、30代の女性美容師だという。
原宿の店に勤めていたその女性は、最終月曜日の夜中、その部屋で首を吊ったそうだ。
なんでも、仕事で若い人の台頭がめざましく、年齢の割にはなかなか客が付かないことに悩んでいたそうだ。
まあ、どこまでが本当かは眉唾物だが。
首を吊った後、しばらく女性とは音信不通になっていたが、
店の方もそんな事情を知っていたので、バックれたのだろうとそのままにしておいたそうだ。
遺体が発見されたのは、ひと月も後になってからのことだという。
周辺からの悪臭に対する苦情で分かったそうだ。
この先は私の想像だが、美容院での仕事を終えて、女性は夜遅く帰宅したのだろう。
あの音は、多分、自らの仕事に絶望した彼女が首を吊る際の落下音だろう。
あの音を思い出すと、首を吊るまでの姿がイヤでも想像できてしまう。
悪臭も、今となっては辻褄が合う。
誰にも見つけてもらえないまま、彼女の亡骸はゆっくりと腐敗し、あの臭いを放っていたのだろう・・・。