[忘れられない会話]
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お爺さんは笑いながら僕にお礼を言ってくれました。
そして次の日、僕は手術をしました。全身麻酔だったのでその後の半日を
眠ったまま過ごしていました。目を覚ますともう夕方を過ぎており、ベッドの周りには
母と父が待っていました。あと1週間ほど入院して、経過が良好なら退院できると説明されました。
しかし気になったのは隣のお爺さんのベッドが空いていたことでした。病室移動かもしれないと
思い、その時は、退院する日に挨拶をしにいこうと思った程度でした。

経過は思ったより順調で、5日ほどで退院の日になりました。僕が入院道具を整理していたら
あのお婆さんがやって来ました。僕がお爺さんのことを聞こうと思いましたが
お婆さんが涙目なのに気がついてすこし動揺しました。するとお婆さんは
「あの人が手紙を書いていたのよ。渡すのが遅れてごめんなさいね。」と僕に手紙を
渡してくれました。そこには「最後の夜が1人でなくて良かった。ありがとう。元気に育ってください。」
そいうような内容が乱れた字で書いてありました。
話を聞くと、お爺さんは僕が手術をしていた日の午前中に容態が急変して、そのままお亡くなりになっていたそうです。
僕は泣きながら「僕もあの夜はお爺さんと話せて安心できました。心細かったけれどとても優しく話をしてくれた。」
とお婆さんに言いました。するとお婆さんは不思議そうな顔をして説明してくれました。

説明によると、お爺さんは喉の腫瘍を切り取る手術が上手くいかずに、声帯を傷つけてしまったために
話すことはもちろん、声を出すことはほとんど出来なかったらしいのです。
最後の手紙は、恐らく亡くなる前日の夜に、自分なりに死期を悟って書いたのだろうとのことでした。

今でも、あの夜にお爺さんと話したことを思い出します。あれはなんだったのでしょうか。
不思議だけれど、あの優しい声は忘れないと思います。


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