[非常階段]
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悲鳴が聞こえました。
誰が叫んでいるのかとよく耳をすませば、ぼくが叫んでいる
のです。背後の声は、だんだんと狂躁的になってきて、ほとん
ど意味のない、笑い声だけです。
そのときてのひらに、がちゃんと何かが落ちてきました。
重くて、冷たいものでした。
鍵です。ぼくは、知らないうちに鍵をあけていたのでした。
うれしいよりも先に、鳥肌のたつような気分でした。やっと
出られる。闇の中に手を伸ばし、鉄格子を押します。ここをく
ぐれば、本の数メートル歩くだけで、表の道に出られる……。
一歩、足を踏み出した、そのとき。
背後の笑い声がぴたりと止まりました。
そして……最初に聞こえた中年男の声が、低い、はっきり通る
声で、ただ一声。 「 お い 」