[お人形の話]
前頁

2日目
3日後、私は再び先日の道を辿っていた。祭りも終わり、川辺の道は静かだった。
橋のたもとで向こう岸をみると、未だ焔が立っている。只ならぬ様子を感じた私は足を速めた。
焚き火の前で友人が頭を抱えてしゃがみこんでいた。
「どうした」と問うた声に振り向いた顔はやつれて青白い。
「もえん」「なんだ?萌…」「燃えんのじゃ」
3日間寝ずに火を起こし続けたがどうしても灰にならないという…たしかにその人形は赤々と燃える火の中に
無傷で立っていた。よくある市松人形のようだが、異常に長い髪がその足元にどんよりとトグロを巻いている。
ぐったりしている彼に、背負い籠から昼食用の握り飯を取り出して与える。5個の握り飯はあっという間に消えた。
火掻き棒で真っ赤に熾った炭の山から人形を引き出してみる。先日燃やした人形と比べれば随分普通の顔立ちだ。
「なんだ別嬪さんじゃないか」「ぜんぜん別嬪じゃない。とにかくキモいんだ」
先日、最後に供養した雛の入っていた仏壇。その箱と雛壇も焚こうと解体したところ、壇の裏側に括り付けられていたという。
そのまま流すか、灰にしてから流すかの基準は彼に一任されているようだ。
「それじゃ、燃やしたことにして、このまま舟に乗せて流しておいたら」
「まだ祓えてない。昔、似たようなことをやって川下や海の人から末代まで呪われた人を知ってる」
『陸に住む身なのに蝦や水母みたいにされたことは許せない』そう呪われたそうだ。私は始めて聞いた。
私は軽はずみな提案をしてしまったことを彼と水に詫びた。
不安がる彼を励まし、お人形を抱き上げて調べていると彼のケータイがなった。
その場に正座して電話に出ている。誰か分からないが偉い人かららしい。
「…元の持ち主に返すまで帰って来るなって」

その日の午後、私たちは駅に居た。人形の持ち主が住む大きな街までは、夜行列車でしか行けないのだ。
友人は、リードで繋いだ黒猫を連れていた。普通の猫の倍ほどの体格がある。ヤマネコかなにかだろうか?
私の背負っている籠の中には、綿に包んだ例の人形が入っている。友人はそれを持つことが出来ないためだ。
いや、正確には私以外の人間が持ち上げようとすると鉛の塊のように重くなるというのだ。
お人形は何故か私を気に入ったらしかった。こうして、私は旅にも同行する羽目になってしまったわけだ。
私たちのために2両目中ほどの席が用意されていた。4人掛の向かい合わせの席である。
友人は進行方向に向かった窓辺、私はその反対側に座った。背負っていた籠を傍らの通路側の席に下ろす。
猫は友人の隣に丸まり、頭を主の膝に乗せてゴロゴロいっていた。
通路を挟んで隣の席には幼児を連れた若い夫婦が座った。
駅を出てしばらくすると、隣の席の子どもが愚図りはじめた。泣き声は次第に大きくなる。
夫婦は懸命に諭しあやしたが子どもは泣き止まない。心配した近くの席の老婦人が飴玉を握らせてやっていたが
まだグズグズいっていた。
友人が「何とかならんのか」と視線を送ってくる。猫はというと、不審そうに子どもと私の籠を代わる代わる見つめていた。
人形の入っているその籠を窓側の席に押しやり、自分が通路側に移ってみると、子どもはピタリと泣き止んだ。
今度は向かいの席に籠を置かれた友人の方が泣きそうな顔をしていたが、見なかったことにした。


Part211
top