[お人形の話]

1日目
川辺の道を行くうちに、川上から小さな舟が流れてきた。
緩やかな流れとともに来る無数の舟にはお雛様が乗っている。
「もうそんな季節なんだな」
街境の橋のたもとまで来ると、街側の川岸や橋の上では大勢の人々が
賑やかな笛や太鼓の音とともにお雛様を見送っていた。
一方、境の橋を渡った向こう岸の河原は人影疎らである。
立ち上る焔のそばに友人を見つけたのでそちらに行ってみる。
水の清めだけでは手の施しようがない者達をここで荼毘に付すのだという。
彼らは灰となってようやく、この川を下ることを許されるのだった。
「ブサイクなお雛様はここで焼くんだよ」…見た目で差別するのはどうか?と
問えば「心の有り様を形に表すものだから、この分別法が一番確実」という。
木箱の中を覗き見て、彼の論に同意することとなった。
私とて早々に退散したいところであったのだが、
怖気づいて逃げ出した助手の変わりに手伝う羽目になってしまった。
黙々と、箱から取り出した怪雛を彼に手渡し続けた。
焔の中に投じられていくそれらと目が合わぬよう、川向こうの賑わいに視線を送る。
作業は順調に進んだ。最後は仏壇のような大きな箱。貼られた金箔が剥がれて無残な様だ。
桐に金を貼るなんて…観音開きの扉を開けてみると、中は雛壇になっているではないか。
…目が合ってしまった。お雛様達がすでに鎮座していたから。

その段飾りの、本来お内裏様とお雛様があるべき所には、人相の悪い爺さんと婆さんがいた。
高砂といわれる人形のカップルだ。それにしても意地悪そうだ。
3人官女は2人しか居ない。そっくりな顔の2人は背中合わせに寄り添っている。
あとで手にとって見たら完全にくっついていて離せなかった。まるでシャム双生児のようだ。
5人囃子と大臣と武官の姿はない。彼らが居たであろう場所には蝉の抜け殻のように着物だけがあった。
官女より下にお雛様がいる。豪華な衣装はため息が出そうだが、その上に乗っている頭は狒々のものだ。
人を馬鹿にしたような様子で鼻の下を伸ばしている。
サル面の女主人の両脇には狛犬の置物が置いてある。だがその一方は首がない。
そして、本来頂点にあるべきお内裏様はお道具よりも下、最下段に置かれていた。
御髪が禿げているので冠もずれてしまっている。その顔はブクブクと膨れ上がりまるで水死体だ。
衣装は翁よりも悪そうな生地。なぜか立ち雛状態なのだが、沓の高さが身長の3割を占めているように見える。
「これ作った人は病気だろう」
「作られた当初は、ごく普通の綺麗なものだった。でも持ち主の心を写してこうなった」
不快な一群を供養し終わる頃には、日も傾き西の空は赤々と染まっていた。
友に別れを告げ、一足先に家路についた。その日は夕食をとる気にもなれずそのまま寝てしまった。

続く