[赤い仏像]
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『ひゃひゃひゃ…あんたかい若いの』
しわくちゃの顔をクシャクシャにして不気味に笑いかける。

『あ、はい今日はよろしくお願いします』
何か負ぶっている…赤ん坊…ではない赤ん坊の人形だ。

『この子はあたしの子だよ』
ニタリと笑った。
なるほど痴呆らしい。

『賢そうな子ですね(笑)』
俺のお世辞に気を良くした感じでほうじゃろうほうじゃろうとニタリと笑った。

『ほいであんた』

『はい』

『今日は紅仏様の話を訊きに来たんじゃろ?』

『はい。知ってる限りで構わなのでお願いします』

『そうかいそうかい(笑)それじゃ、そうだね紅仏様が生まれた話をしようか』
お婆さんは静かに語り出した。

『昔昔の話だよ。この裏の山には集落が在ってね。100人いくかいかんかくらいの人々が寄り添って暮らしておった』
『人々は畑を耕し、猟をし、仲良う暮らしておった』
『じゃがある日余所者が来てな、集落の娘っ子を奉公に欲しいと豪商が言っとるとのことじゃった』
『元々閉鎖的な集落じゃったて、長と数名の老人とで話し合い外の世界を見てきて貰おうっちゅう話になった』
『別れの日、手を振る娘っ子を集落の人間総出で見送った』
『それからまたしばらく静かな日が過ぎて行った』

『ある日、農夫が畑を耕しとったら女がフラフラ歩いて倒れた。驚いて駆け寄り更に魂消た』
『その女はあの娘っ子じゃった。娘っ子はボロボロに疲弊しながら、帰って来おった』
『農夫は娘っ子を看病し、娘っ子はなんとか一命を取り留めた。娘っ子は身ごもっておった』
『話せるようになった娘っ子は、堰を切ったように泣き出した』
『娘っ子の口から聞かされるおぞましい余所者の悪行に集落の者全員が悪鬼の如く怒り狂った』

『怒り心頭に発した人々は長の元へ集った。長は伝家秘伝の巻物を取り出し、禁書とされとったそれに手を出した。禁書には魔物の呼び出し方が載っとった』
『人身御供となったのは…そう、望まれぬ娘っ子の赤子じゃった』

『人々は準備が整うと赤子を殺し、その赤子の生き血を仏像に吸わせおった』
『これが“紅仏様”じゃ』

恐らく、あの本の筆者はこの話を知っていたのだろう。
だから目の当たりにする【赤い仏像】にあれだけの禍々しさを感じていたに違いない。
自分もアレが生き血の名残かと思うと今更ながらに鳥肌が立つ。
“血仏”とは単なる形容では無かったのだ。
『それで、豪商はどうなったんですか?』

『死んだよ。何か獣のようなモノに襲われ全滅じゃった』

『それが魔物ですね』
『それで、その魔物の正体とは?』

お婆さんは下を向くと首を左右に振った。
『それより、面白い話がある』
魔物の正体が気にはなったが、話したくない・知らないと言うよりどうやら知ってはまずいらしい。

『面白い話とは?』

『昔から“紅仏様”のお側で寝れば面白いものを見せて貰えると言うことじゃ』

『面白いものとは?』

『さぁ〜?それは寝てみないと判らんのぉ』
そう言うと、お婆さんはひゃひゃひゃと笑った。

宿に戻りお婆さんの話を要約してみる。

お婆さんの話は、あの本のあの項末尾に書かれていた塗りつぶされた部分の内容だろう。
つまり【赤い仏像】は呪具の一種で、魔物と呼ばれる何らかのモノを呼び寄せる憑り代のようなモノだ。
魔物の方がヤバそうだな…と思う。
『“面白いもの”か』



気付いた時には寺に居た。
こんな事もあろうかと簡易テントと寝袋は用意してあった。
夕暮れ時の山から眺める自然もまた良いものだ。
ふと、【赤い仏像】が気になり横壁の窓から中を覗いた。
すると住職がしまったと思われた赤い仏像が棚に飾られているのが見えた。

ゾッとした。

天窓から夕陽に照らされ赫赫と輝くソレは正に【赤い仏像】だった。
ついに姿を現した“紅仏様”にたじろぎながら、なんとも言えぬ匂いにむせかえる。
その時!“紅仏様”がこちらへ向き直った!
ビクリとして屈み隠れる。

そろーっと腰を上げながら窺うと、こちらを向いたと思われた“紅仏様”は最初に見た時と同じように正面を見据えていた。

『気のせい…か』

続く