[遠吠え]

5年ほど前の話。
田舎の大学の寮生活がいやになり、3年生になった年に大学から原チャリで
10分くらいのところにあるぼろアパートに引越しした。
2階建ての田んぼに囲まれたアパートの2階。隣は同じ地元出身の友達。
これから楽しい一人暮らしが始まる予定だったわけ。

寮生活のときは、食事なんか気にしなくてよかったんだけど、
一人暮らしとなれば一応自炊もしなければいけない。
春のぽかぽか日和だったので、歩いてスーパーへ買い物に行く事にした。
大きな公園と公園の間の道をとことこ歩いてスーパーへ向かった。
公園の奥には大きな桜の木が何本もあって桜がきれいだった。
春休みなのに、公園にはひとっこ一人いない。
まぁ、田舎だし。ブランコと滑り台しかないし。

買い物を済ませてまた同じ道を歩いて帰る途中、
「ワワワワワワ〜〜〜〜ン」「ワワワワワワ〜〜〜〜〜ン」
とカン高い犬の遠吠えが聞こえてきた。
耳を刺すようなカン高い犬の声・・・・
よくみると、公園の奥のほうにある桜の木の下に白っぽいワンピースを着た女の人が
俺に背中を向けるかたちでユラユラと立っていた。
歩きながら目はそちらへ釘付け。
「ワワワワワ〜〜〜〜〜ン ワ〜〜〜〜〜〜ン」
女が吠えていた。超カン高い声で。
すると、後ろでいきなり声がした
「あんまり、みんほうがいいよ。」
振り返ると、買い物袋を下げたおばさんが奇妙な笑いのような怒りのような複雑な顔で
「じろじろみんほうがいいよ。」
と言いながら早足で俺を追い抜かしていった。
(たしかに。あんまり見ると失礼だな。)
そう思って俺も視線をそらし、ぼろアパートに帰った。

一人暮らしは意外とお金がかかるね〜
次の日もまたスーパーへ足りない生活雑貨を買いに行った。
帰り道。また遠吠えが聞こえた。
昨日と同じ場所で白いワンピースの女が吠えていた。 「ワワワワ〜〜〜〜ン ワワワワワワ〜〜〜〜ン」
興味本位で見てはいけないと思っていても、ついつい見てしまう。
すると、いきなり女がくるりと振り返りこちらを向いた。
振り返ったと同時に俺は目をそらせた。
顔は見ていない。。。と思う。なんだか見てはいけないような気がしていた。
いや、見たかな。。。顔。
とにかく、とっさに顔を前に向けて何事もなかったように普通に歩いていたふりをした。

前を向いて歩きながら、振り返った女の顔を思い出していた。
見間違えなのか、距離も結構あったせいかどうしても女の顔は
目の部分がぽっかり空洞になった黒い大きな目だったような記憶しかなかった。
その瞬間、怖くなった。
俺の足は超早歩きになっていた。

2,3秒の出来事だったんだけど
ふと我に返ると
「ザッザッザッザッザッ」走る音が聞こえてきた。
その走る音は
「カッカッカッカッ」という音に変わった。
振り返ることはできなかった。
俺の想像では、公園の奥の桜の木から公園の砂利を踏みながら走り
その音はやがて、公園を出てアスファルトを走る音に変わった。
要するに

女が追いかけてきた!!!!!

体中の毛穴が開き髪の毛が逆立った。
俺は恐ろしく早く走った。
とにかく振り返らず、オリンピックに出れば金メダルがもらえるのではないかと思うほどの
スピードで引っ越したばかりのおんぼろアパートにたどりついた。

アパートの2階の部屋にたどりつき、息を切らせながらとりあえず鍵とチェーンをかけた。
追ってきてたのかは定かではなかったけれど、
とにかく、尋常じゃないほど俺は怯えていた。
しばらく息をひそめ、外の様子に聞き耳をたててじっとしていた。
30分くらいたったかな。
玄関の外には人の気配なし。窓から外を見渡すが人の気配なし。
(俺はアホか。ビビリめ。)

もう夕方。とりあえず、カップラーメンを食って片付け(引っ越してきたばかりだったので)を
ぼちぼちやっているとあっという間に時間はたっていた。
夜10時くらいだったかな。疲れたので寝ることに。
ちょうどそのとき、隣の友人がバイトから帰ってきて玄関を開ける音がしていた。
ドスドスドス。部屋を歩く音は意外と響く。
俺は隣の部屋に友人がいるという安心感と昼間の猛ダッシュの疲れからいつの間にか眠っていた。

「ワワワワワワ〜〜〜〜〜〜ン」
「パンっ」
遠吠えと同時に寝ていた俺の顔の前で誰かが手を叩いたような感覚で目を覚ました。
しばらく、何が起こったのかわからなくて目をあけてボンヤリしていた。
(今、遠吠え聞こえたっけ?夢?)
すると、また
「ワワワワワワ〜〜〜〜〜〜ン」
と声がはっきりと聞こえた。
あれが きた。そう思った。
玄関の鍵は閉めたはず。とにかく、横になったまま玄関のほうを見た。

続く