[追い越すと]

最終電車に30分ほど揺られて駅に帰り着くと、もう零時半をまわっていた。
晩秋の深夜のためか、寒さがかなりこたえる。少し霧も出ている様だ。

ここからアパートまでは徒歩で10分ちょっとある。帰り道は街道沿いに
なっているが、それに沿う形で歩行者専用の500m程の長さの狭い遊歩道が
敷かれている。しかし街道と遊歩道との間には街路樹が植えられ雑草も繁っており、
車の往来は全く見る事ができない。そもそもこの時間帯には車も滅多に通らないのだが。

「あー参ったよ」と俺は思った。30m程前方をピンク色のハーフコートを着た
若い女が同じ方向に歩いているのを見かけたのだ。人影といえば彼女しか居ない。
背後にも人の気配はしない。明かりといえば薄ぼんやりと光っている背の高い街灯しか
ない様な、こんな陰気な遊歩道で深夜に女と出くわすなんて、迷惑極まる。
挙動不審な男と勘違いされでもしたらたまったもんじゃない。
いつもの様にとっとと追い越すことにする。彼女は右手に持った携帯電話を
耳に当てている様だ。まあ痴漢よけのカモフラージュにでもしているんだろう。

彼女は道の右寄りを歩いているので俺はなるべく道の左端を通る事にする。

俺の存在には気づいていない様だ。それだけに極力驚かせない様に追い越さなくちゃ
いけない。まじで神経使う作業だが背に腹は代えられない。だいたい女が深夜一人で
こんなところ歩くなよ。とりあず加速開始。

どうやら無事追い越す事ができた様だ。ここからどんどん引き離して俺が無害な
小市民だという事を背中でアピールしておかなければならない。

それから100m程進んだ時だろうか、俺はふとある事に気がついた。

続く