[霊感の仕組み]
オカルトには少し興味があるというだけの、ごく普通の大学生だった若き日の俺。そんな俺をオカルトの世界にどっぷりとつからせたのは、俺が師匠と呼ぶ人物だった。
“師匠”とは文字通りオカルト道の師のことで、彼は同じ大学に通うサークルの先輩だった。
師匠は一緒にいる間、たくさんのことを俺に教えてくれた。それはオカルト界ではわりと常識のことだったり、師匠のオリジナル説ではないかと思うようなマイナーな話だったりと様々だったが、師匠は本当に、俺の知らないことばかりを知っている人だった。
だから俺は、師匠が突然姿を消してから長い年月が経った今でも、彼に尊敬と畏怖の念を抱いている。
俺は師匠に教わったことや、師匠との体験談は大体、ネタとしていつかは誰かに話そうと覚えておいた。(それが今になって役立ってるな)
でも、今日俺が投下しようとしている話は、最近になって突然思い出したことだ。何気無い会話だったので、忘れてしまっていた。誰かに話すようなことでもないと無意識に思っていたのかもしれない。
あれは、師匠と出会ってから初めての夏だった。
「お前はいつからメガネをかけてる?」
夏になっても普段と何ら変わりない、若者らしくない日常を送っていた僕に、師匠は言った。師匠はその日自分の部屋のTVが壊れたとかいう理由で、僕の家に遊びに来ていた。
「は、メガネですか?」
「そうだよ。あるだろ、生まれつき目が悪い〜とか、勉強のし過ぎで〜とか」
師匠はTVのリモコンをピ、ピ、と頻りに押しながら補足する。師匠はTVを見に来たという割には特定の番組を見ず、リモコンのボタンを押し続けていた。
「ああ、そういうことですか。うーん。目は小学生のときから段々と…って感じですかね。メガネをかけたのは最近です。昔はすごい目よかったですよ」
僕は師匠の手からリモコンを奪いながら答える。無駄なチャンネル替えは電気代がくう気がした。すると師匠は、リモコンを無くしたことで空いた手を顎に当て、さわさわと撫でながら言った。
「そうか。お前は段々下がってきた型か」
「それがどうかしたんですか?」
「例え話だよ。視力ってのは、自分の意思でどうこうできるもんじゃないだろ?」
「はい」
突然何を言ってるんだ?と思ったが、素直に頷いておいた。
「それは霊感・霊能力にも同じことが言えるわけだ」
そう言った師匠の表情はいつもと同じで、やる気を全く感じない顔だった。一方僕はというと、思わぬオカルティな展開にワクワクが止まらなかった。
「よく、みんな言うだろう。『自分は全く霊感0で』というようなことを。だけど、それは勘違いだ。霊感ってのは本来、視力や聴力と同じようにみんな同じくらい持っているもんなんだ」
師匠のその言葉に、僕は考えてみた。確かに、霊感が0というような言い回しはよく聞く。だけど、僕自身霊力なんてそんなものだと思っていた
「それってつまり…霊感がない人はいないってことですか?」
「…それはちょっとちがう。人にもごくたまに、生まれつき盲目の人がいるだろう。それと一緒で、生まれつき霊感がない人はたまにいる。まぁ、本当に希少だけどな。だから、自分に霊感がないと思っているやつのほとんどは“霊感が弱い”だけなんだ」
「霊感が弱い…」
「しかも、それは大人になるにつれて段々と弱くなっているケースが多い。丁度お前の視力のようにな」
師匠の例えは、非常にわかりやすかった。僕は閃いたことを呟く。
「そっか…。なら、霊感が強い人は、もともとの霊力が劣らなかった人ってことですね」
「そうだ。だからオカルトの世界でよく聞く霊感を強くする方法や裏技ってのは、強くするというより、復活させると言った方が正しいな。子どものうちは霊力が高いから。視力を維持するときや復活させるためには緑色のモノを使用するだろ。それと一緒なわけだ」
「なるほど…」
僕は改めて、この人はすごいなぁなんて思ってしまった。
「じゃあ、霊感が強いことで商売をしている人って、嘘なんですか?」
頭の中には、インチキか本物かもわからない半ばタレントのような霊能力者が浮かぶ。
「それは、ごくまれの盲目の反対ケースだ。アフリカのマサイ族なんかは、昔から狩りをするという環境の中で、視力が異常に発達してるだろ?」
師匠は再び手に取ったTVのリモコンを、クルクル回しながら言った。僕はつい先日、TVでマサイ族の視力は7.0だということを証明した特集を見たばかりだったので、リアルに納得できた。