[封筒]
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そう言えば、あの女の人は、いつも同じ場所で同じ姿勢をしているだけではなく、
服まで常に同じではなかっただろうか?
白いブラウスと、紺色のスカートに、帽子だ。
ありがちな服装のように思えて大して気にしていなかったが、
制服っぽくもなかったし、毎日同じ服を着ているのはおかしい。

思えば、通行人たちも、彼女を無視していると言うよりは、まるで
見えていないかのように振舞っていた。
通学路にあんな女が毎日立っていたら、誰かが警察に通報でもしそうなものなのに、
それもない。

気になりはじめると止まらず、余計に怖くなった。

しかも、級友たちが悪ノリをして、みんなでその女を見に行こうと言い出した。
Uはもちろん、やめてくれ、と断る。
が、「怖いのかよ、大丈夫だって、ヤバかったら逃げよーぜ」と煽られ、
まあそこは中学生の浅はかさで「怖くはないよ。わかったよ」と、応じてしまった。

Uは私立の進学校に通っていたため、彼の地元を案内できる人間が彼しかおらず、
またその日は彼が塾に行かなければならない日だ。
なので、みんなで行くのは、日曜にしようと言うことになった。

日曜の昼間、級友たちを駅まで迎えに行く時、Uは迷った末に、
あの道を通って行ってみよう、と決意した。
もしかしたら、あの女は今日はいないかもしれない。確認しようと思ったのだ。

「晴れているし、いたって怖くないさ」と自分を励まし、その道を通った。
果たして、女はいた。
川を覗き込むようにして立ち、ブラウス、スカート、帽子と、いつもと同じだった。
Uは突然、この道を一人で通ろうと思ったことを後悔した。

女の髪は長く、背中の半ばほどまである。微妙にぱさぱさした髪で、
顔にかかった髪と帽子のせいで、表情はまったくうかがえない。
ブラウスから覗いた手や、スカートから伸びる脚には、血の気がほとんどなかった。
土気色だった。青茶色い感じの色で、それに気づいた途端、Uはさらに動揺した。

これまでのように、女を無視して通り過ぎようと思うのだが、
どうしてもちらちら見てしまう。
見れば見るほど、女が生きた人間なのか、それともそうでないのか、よくわからなくなった。
かかわってはまずい、と本能的にわかるのだが、なぜか視線をそちらにやらずにはいられない。

Uはなるべく足音を立てないようにしながら、それでいてできるだけ急いで、
そこを通り過ぎた。
身体の震えが止まらず、吐き気までする。
気のせい、気にしすぎ、と自分に言い聞かせるが、まったく効果がない。

Uが駅に辿り着くと、級友たちはすでに集まっていた。
Uの目には、くだんの『女』を見に行く期待にはしゃいでいる級友たちが、
異次元の存在のように見えたそうだ。
今さらだが、Uは強く、「行くのをやめないか」と提案した。

級友たちは、最初、笑い飛ばそうとした。
それから、Uの尋常ではない怯え振りに引いたらしい。
最終的には、怒り出した。
『楽しい気分』に水を差されたのだから、まあそんなものだろう。
「電車賃使って来てるんだからさー、しらけるようなこと言うなよな」
「つかお前マジでびびってんの?」等、容赦ない言葉を浴びせられる。
Uは押されるようにして、『女』のいる場所に案内することを強要させられた。

どうにでもなれ、あの女を見たら笑っていられなくなる。
Uはそんな気持ちで、『女』の元へと級友たちを案内した。
あの道に近づくにつれて、再びUの気分は悪くなって来た。
やがて、道は川に沿って進むようになり、あの女が見えて来る。
Uは級友を振り返り、「ほら」と、目線で報せた。

恐ろしかったので、女からはかなり遠い位置で合図した。
が、周辺には特に通行人もおらず、ぱっと見てその女がおかしいのは、
遠目にも明らかだ。

級友たちはきょとんとしていた。「どこ?」などと、周囲を見回している。
Uはいらだって、「あそこだよ、ほら、いるだろ女が」と軽く指さした。
女は相変わらず、猫背気味に川を覗き込んでいる。

Uは不意に愕然とした。
級友にはあの女が見えていないのだ、と、突如悟ったからだ。
その証拠に、「なあ、どこだよ……」などと、まばたきしている始末ではないか。
Uは必死になって、「あそこだよ、見えるだろ?」と主張した。

続く