[怪物「結」幕のあとで]

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「わたしにも分からないのよ。ただこんな電話を掛けたという記憶があるだけ。夢
 の中でわたしが話してるのね。それを再現してるのよ。運命が変えられるかどう
 かは分からない。でも心構えをするってことが、大事になることだってあるでし
 ょう」
クラノキ、と彼女は名乗った。
「顔も知らない人の夢を見るなんて珍しいな。きっといつかあなたとわたしは友だ
 ちになるのかも知れないね。そのころのわたしは、今夜の電話のことなんて忘れ
 てしまってるでしょうけど」
じゃあ、お休みなさい。
そう言って電話は切られた。
混乱する頭を抱えて、私は電話ボックスを出る。
夢。まるで夢の中だ。なにが現実なんだろう。ポルターガイスト現象の焦点だった
少女が、エキドナが、怪物たちのマリアが、最期に恐ろしい怪物を産み落としたと
いうのか。それがやがて私に苦しみをもたらすと? なんなのだ。どこからどこま
でが現実なんだ。目を閉じて、一秒数えよう。目を開けたら、他愛もなくありふ
れた土曜日の朝でありますように。
そのときだ。
目を閉じた私の中に、説明しがたい奇妙な感覚が生まれた。
それは言うならば、どこか分からない場所で、なんだか分からないものが、急に大
きくなっていくような感覚。
私の五感とは全く関係なく、それが分かるのである。
私は辺りを見回す。離れたところにあったはずの街灯がもう消えてしまって、見え
ない。
大きくなってる。まだ大きくなってる。
熱を出したときに、布団の中で感じたことのあるような感覚だ。
象くらい? クジラくらい? もっとだ。もっと大きい。ビルくらい? ピラミッ
ドくらい? 
もっと。もっと、大きい。

私は訳もなく涙が出そうな感情に襲われた。それは恐怖だろうか。哀しみだろうか。
道の真ん中で空を見上げた。
月が見えない。
大きい。とてつもなく大きい。山よりも。天体よりも。どんなものよりも大きい。
夜に、鱗が生えたような。
呆然と立ち尽くす私の遥か上空を、にび色の魚鱗のようなものが閃いて、音もなく
闇の彼方へと消えていった。


……
薄っすらと目を開けて、シーツの白さにまた目を閉じる。土曜日の朝。カーテンか
ら射し込み、ベッドの上に折り畳まれる、優しい光。
窓の外からスズメの鳴き声が聞こえる。
いったい、スズメはなんのために囀っているのだろう。
ベッドの上に身体を起こす。
この私は昨日までの私だろうか。
あくびをひとつする。髪の毛の中に指を入れる。気分はそんなに悪くない。朝が来
たのなら。
『運命が変えられるかどうかは分からない』という言葉が昨日の記憶から蘇り、
羽根が生えたように周囲を飛び回り始めた。
もう一度寝そべって、シーツに指で文字を書く。
fate
暫くそれを眺めたあとで、手前にもう一つ文字をくっつけた。
no
それから、私は久しぶりに笑った。
怖い夢は、見なかった気がする。


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Part200-2
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