[視線の種類]
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不意に背筋が粟立った。
強烈なおぞけが、背骨のあたりから手足の先へとゆっくり広がってくる。
指先がぴりぴり痺れる。
吹き出た汗がぬめる。膝が震えだす。俺は懐中電灯を取り落としそうになった。


なにかが視ている。


何故かわからないがそう確信した。
叫びだしそうになったが、喉が干上がって声が出ない。
振り返ったいとこが「どうしたの?」と俺に声をかける。何も感じないのだろうか。

(何でもない)
声が出ない代わりに何とか首を振って応え、俺はぎくしゃくと3人の後に続いた。
視線は背中に張り付いたままだ。
お願いです。ごめんなさい。見逃してください。助けて、助けて、助けて。
正体のわからない誰かに心の中で謝り続けながら、俺は必死で歩きつづけた。
視線がやっと外れたのを感じたのは、小道の出口を曲がった時だった。
がくりと力が抜け、俺は滝のように汗を流しながらぜいぜいと喘いだ。
いとこや友達は最後まで何も感じなかったようで、不思議そうに俺を見ていた。

家に帰り着くとちょうど親父が風呂に入っていたので、
着替えもタオルも持たないまま風呂場に直行して一緒に入った。
親父は一緒に風呂に入るのは久々だと暢気に喜んでいたが、
その夜はとにかく一人になりたくなかったのだ。
眠る時も自室にいとこを呼んで寝た。

あくる日。
俺といとこは家人のばたばたという慌てた足音で目を覚ました。
眠い眼をこすりながら部屋を出て母親に訳をたずねると、
近所に1人で住んでいた男が自殺しているのが見つかったと言う。

「自殺って・・・どこで?」
恐る恐る尋ねた俺に、母親は顔を曇らせ、声を低くして言った。



「昨日の夜、ご両親のお墓の横の木で首を括ったのよ」



現場は昨日行った墓場だった。
俺は泣き叫んだ上に吐いた。いとこは自分の親の部屋に駆け込んで号泣。
当然後で事情を聴かれ、2人揃って死ぬ程怒られた。

後で知ったことだが、その男はこの村に住んでいたある夫婦の息子で
東京の会社に就職して出て行ったが、
慣れない都会暮らしがうまくいかず、仕事も行き詰まったために精神的に不安定になり
会社を辞めて村に帰ってきていた。
しかし年老いた両親は程なくして亡くなってしまった。
近所の助け合いがよくある地域ではあったが、男は家に引きこもって周囲と交流を持つこともなく
ますます孤独になっていったという。
そして昨日、盆に両親の弔いを終えた男は
遂に孤独に耐え兼ねて自らの命を絶ったそうだ。

この件があって、いとこ一家は東京に帰る日程を早めることになり
翌日の朝早くに出発していった。
残された俺や友達2人は、しばらくの間男の祟りを本気で恐れて脅えていたが、
小学校を卒業して引っ越して現在に至るまで、遂に何も起こることはなかった。
今後もどうかそうであってほしい。


だが、今にして思うことがひとつある。
あの時俺が感じた視線が「既に死んだ人間」からのものであった場合と、
すべてに絶望し、これから死を選ぼうとする「その時は、まだ生きていた人間」のものであった場合、


次の話

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