[ナナシの話]
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さっき病院で見たものと全く同じものが、ナナシの後ろにいた。なんで?さっき
消えたはずなのに、と考えていたとき、ナナシが言った。
「ね?逃げられないんだ、もう」
そしてナナシは、僕の首に手を掛けた。ゆっくりと力を加えられて、煙のせいか僕
は抵抗もできなかった。
「怖いの、もう嫌なんだよ。いっしょに死んでよ。お願いだからっ…」
ナナシが泣き笑いの表情を浮かべていた。ゆっくり目が霞んだ。なんだか、死んで
やらなくてはいけない気がした。

そして、目が覚めたとき、ありがちな話だが僕は病院のベッドの上だった。アキヤ
マさんが呼んできてくれた大人たちに助けられたようだ。火事も幸いひどくならず、
僕も気を失っただけで済んだ。
アキヤマさんは全容を大人に話はしなかったようで、ただの火遊びによる火事だと
思われたらしく、僕は親父に目茶苦茶叱られた。
そして、大人たちの話では、僕は家の庭に寝かせられていたそうで、だから怪我も
なにも無かったらしい。
「…あいつは?」
そう尋ねると、大人は顔を曇らせながら、火元の部屋で手首を切っているのが見つ
かったと教えてくれた。幸い命に別状は無いらしいが、しばらく入院した後に隣り
の市に住む親戚に引き取られると聞いた。
「火事を起こしてしまったから、責任感じて発作的に自殺しようとしたんだ」と言
われていたが、それは違う。ナナシは最初から死ぬつもりだった。僕を巻込んで。
そう思うと、許せない、という気持ちが沸いてきた。殺されそうになったこともそ
うだが、結局最後はひとりで死のうとしたことが許せなかったのだと、今は思う。
親友だと思っていたのに、いろいろな意味で裏切られた。それが許せなかったんだ
と思う。

結局僕はその後ナナシと一度も逢うことはなかった。一度も逢うことのないまま、
あいつは死んだ。理由はよく知らないが、自殺ではなく事故死だったそうだ。
あれから数年がたち、アキヤマさんは去年めでたく結婚し、僕は少し寂しい思いを
したりした。そんな中で思う。
あの頃、ナナシがしようとしていたことを止めていられたなら、ナナシが怯えてい
たことに気付いていたなら、
ナナシは今頃こんな冷たい石の下にいることなんか無かったのかもしれないと。
ただ、それは全部後の祭りでしかない。どうすることもできない。
だからせめて忘れないように、ナナシの話を書いてきたが、今日でそれも最後になる。
今度こそ本当に、僕と、僕の親友の話はこれでおしまい。
長々と済まなかった。ありがとう。


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