[ナナシの話]
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おばさんがニタニタ笑いながらこちらに向かってくる。キョウスケ、は、ナナシ
の名前だ。おばさんは僕らをナナシだと思ってるんだろうか。
「ちが、僕は、ちが」
「キョウスケぇえぇええっ!!!????!!」
おばさんが走ってきた。嫌だ。気持ち悪い。気持ち悪い。嫌だ。
「いやだぁああっ!!!!」
目を瞑った、そのとき。なにかが燃えるような音がした。顔を上げると、おばさ
んが燃えていた。否、炎の中に消えたとでも言うのだろうか、しかしその炎も消
えていた。
「なに、いま、の…」
惚けていると、何かに腕を掴まれた。振り向くと、アキヤマさんだった。さっき
までと違いハッキリした表情を浮かべているがすごく青ざめていた。
「ナナシんとこ、行こう。ヤバイ。

アキヤマさんは言った。僕も同感だった。僕らは手を取り病院を出て、ナナシの
家に向かった。どのくらい時間が過ぎていたのか、あたりはもう暗かった。

チャリを飛ばしてナナシの家に向かった。後ろにいるアキヤマさんはずっと無言
だった。僕も何も言えなかった。
やっとナナシのバカでかい家の前まできたとき、何か嫌な匂いがした。焦げ臭い
匂いだ。
「ナナシ!!!???ナナシいる!!!!??」
僕はドアに手を掛けた。すると、鍵は掛かっておらずすんなり開いた。
不法侵入だの何だの何も考えず中に入ってあたりを見回した。ナナシはいない。
匂いのもとはどこだろう?そう思っていたとき、
「…よお?」
後ろから声を掛けられた。振り向くと、そこには、ナナシがいた。いつものヘラ
ヘラした笑顔、と、片手に大きな斧。
「な、なし、何して…」
「どうしたんだよ二人して、なあ?」
ナナシは笑った。でも目はぜんっぜん笑って無かった。イッちゃった表情?とい
うのか、知らない人みたいだった。そして、気付いた。ナナシの後ろの部屋から、
煙が立ち上ぼっているのに。
慌ててナナシを押し退けて部屋を見ると、そこはもう真っ白だった。薄く見える、
グチャグチャに潰された仏壇らしきものと、赤い炎。
「ナナシっ…お前、」
「母さんを殺したんだ。」
僕を遮って、ナナシは言った。
「母さん、俺のこと殴るから。優しいんだよ?優しいけど、殴るから。親父の悪
口言いながら、殴るから。殺したんだ。でも、母さんいなくなったら、俺、誰も
いなくてさ。」
ナナシは楽しい思い出でも語るかのように笑って言った。

僕もアキヤマさんも黙って聞いていた。
「だからね、もっかい生き返れば、いいなあって。今度は優しい母さんかもしれ
ないじゃん?
だから、頑張ったよ?俺。頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って」
不意に、笑顔が泣きそうな顔に歪んだ。初めて見る表情だった。
「成功、したと、思ったんだ。」
そう言うとナナシは、斧を壁に叩き付けた。斧は深々と壁に突き刺さった。
「なのにさあ、母さん、俺のこと殺そうとするんだ。俺あんなに頑張ったのに。
だからもっかい殺したんだ。
でも、何回でも生き返って、俺のこと殺そうとするんだ」
ナナシは泣いていた。子どもみたいだ、と思った。そんなこと考えてる場合じゃ
ないし、実際子どもなんだから不思議なことじゃないのに。
それはすごく不思議だった。
「だから、ハル、いっしょに死んでよ。」
そんなことを考えていたとき、ナナシが言った。言ってる意味がわからなかった。
「…は?」
「友達でしょう、俺ら。母さんに殺される前に、いっしょに死んでよ。」
ナナシは僕に言った。ナナシの表情はいつものヘラヘラ笑いに変わっていた。後
ろから煙がどんどんやってくるのも見えた。
僕は発作的にアキヤマさんに逃げて!!と叫んでいた。
「僕は大丈夫だから!!火がまわっちゃう!!!誰か呼んできて!!」迷っていたが、ア
キヤマさんは頷いて走って行った。僕は、ナナシをなんとかしようと思った。
「な、何言ってんのナナシ、お母さんなんていないよ。死んじゃったんでしょ。
大丈夫だよ、きっと疲れてて…」
必死に言葉を並べてナナシを説得しようとした。しかし、ナナシの後ろから迫る
ものを見て二の句が継げなくなった。
「ひっ…」

続く