[密告者]

中学校の修学旅行で東北へ行った。
私のグループは5人だったけどその中の一人の知子(仮)とは親友だった。
3日目、午前中は「昔この辺にじいちゃんのお屋敷があったんだって〜」と
はしゃいでいた知子だったが、午後になってバスに酔ったようだ。
それでもなんとかその日の観光を終え、夕方ホテルに着いた。
ホテルには大浴場があり、皆でお風呂に行こうということになったが
知子はまだ本調子じゃないらしく、部屋のシャワーを使うと言って部屋にひとり残った。

私はみんなで大浴場に行ったものの、のぼせやすいので皆の長風呂には付き合えないので
先にあがってきてしまった。
一人戻る途中、ロビーの奥に郷土資料コーナーのようなものを見つけて、ちょっと寄ってみる。
なにやら隠れ切シタンについてのものが多かった。そう言えば今日まわったところにもそんな場所が
あったな。

ふっと気付くと、ホテルの従業員らしいおじさんがニコニコとこっちに近付いてきた。
「おもしろいかい?」と聞いてくるので、
「歴史が好きなので興味があります。この辺は隠れ切シタンと関りがあるんですか?」
「おじさんの先祖もその生き残りだ。この辺の人はそういう人が少なくない。」
「弾圧を受けてのうらみとかは 受け継がれるものなんですか?」
当時、中学生だったので我ながら無神経な質問をしてしまったものだと思う。
「いや、そんなことはないよ。そういう時代だったんだ。でも・・・」
そこで今まで穏やかに話していたおじさんの目つきや語気が変わった。
「アイツ等は許さん。裏切り者、密告者。仲間だと思って信じてたアイツ等!末代までぇえ…!!」
なんだか怖くなった私は、「すみません、もう戻らなきゃ。」とだけ言って、逃げるように部屋へ向かった。
部屋の近くまで来ると私たちのドアの前に何か張り紙が貼られているのに気づいた。
その紙に書かれていたのは、

「密告者」

さっきのおじさんの話もあり、なんか気味が悪いのでさっと剥がしてポケットに丸め入れる。
部屋に入ると、まだみんな戻ってきていないようで知子だけがボーっと座っていた。
「どうしたの。まだ調子悪い?」と聞くと
「ちがうの。でも私イラついてて…もしかしたらヤバい事しちゃったかも・・・。」
???いまいち話がつかめないので順を追って話してもらった。

彼女の話はこうだ。
みんなが風呂に行った後、彼女は早々にシャワーを浴びて横になっていた。
すると、押し入れからガサゴソと音がする。彼女が押し入れをそうっと開けると、
押し入れの隅にしがみつくように白い浴衣を着た老婆が背を向けて固まっている。
彼女は怖くなって速く部屋を出ようと思ったが、
今度は部屋のドアをガンガンガンと異常なくらい大きく執拗に叩かれて動けなくなる。
ガンガンガンガン・・・・

なおドアは叩かれ続ける。
老婆の方を見ると、さらに強く押し入れの隅にしがみついてガクガクと震えている。
コイツ(老婆)、たいした事なくない?
ってか、さっきみんなで隣の部屋に遊びに行ったとき、カギ開け放しだったから
ボケた婆さんでも入ったのかな?
このノック音だって誰かの悪戯じゃない?って思ってだんだん平常心を
取り戻してきた彼女がゆっくりドアに近付くと、急に音はピタリと止んだ。
そして少し間をおいて普通のノック音とともに「遊びに来ましたぁ〜!」とクラス
の男子たちの声がするので、彼女は内心やっぱりコイツ等のイタズラかと思ったそうだ。
ドアを開けると、仲良いグループの男子たちが立っていて、怖がっていたと思われるの
も癪なので何も無かったように振舞ったと言う。
「みんな、お風呂に行ってるから私しかいないよ。」
言ってから、気まずい空気に気付く。
「じゃ、じゃあ夕食の後に俺らの部屋にみんなで遊びに来てね。」
誤解された。
そう言うと男子たちは、ヒソヒソと話しながら戻っていく。
「たぶん生理だろw」なんて笑われてるんだと思うと無性にイラついてきたらしい。

一人でどっかの婆さんに怯え、男子たちのイタズラにも引っ掛かり、
しまいにはどうでもいい事をネタにされてるってね。
部屋に戻ると、老婆は押し入れから出てニヤついている。
浮かべる薄ら笑い、乱れた髪、胸が半分以上見えるくらい開いた襟元にも
イラついて最強状態の彼女には恐怖心より嫌悪感しか感じなかったらしい。
「ここアンタの部屋じゃないんだけど!出て行ってくれない?」と言うと
老婆はニヤつきながら
「・・・おとこぉ…。ワカい、ぉとこぉおお・・・・。」
彼女は自分も驚かされたんだし、男子たちもちょっと怖がらせてやろうと思い
「アイツ等は2階の2012号室にいるよ。暇なんだって。」と言うと、
老婆はニタァ〜と笑って、消えてったそうだ。

続く