[人形]

人形にまつわる話をしよう。

大学2回生の春だった。
当時出入りしていた地元のオカルト系フォーラムの常連に、みかっちさんという女性
がいた。楽しいというか騒がしい人で、オフ会ではいつも中心になってはしゃいでい
たのであるが、その彼女がある時、こう言うのである。
「今さ、友だちとグループ展やってるんだけど見に来ない?」
大学の先輩でもある彼女は(キャンパスで会ったことはほとんどないが)美術コース
だということで絵を描くのは知っていたが、まだ作品を見せてもらったことはない。
「いいですねえ」
と言いながら、ふと周囲のざわめきが気になった。居酒屋オフ会の真っ只中に、どうし
て俺だけを誘ってきたのか。確かによくオフでも会うが、それほど彼女自身と親しい
わけでもない。フォーラムの常連グループの末席に加えてもらっているので、自然に
会う機会が増えるという程度だ。なにか裏があるに違いないと、嗅ぎつける。
追求するとあっさりゲロった。
「gekoちゃんの彼氏を連れてきて」と言うのだ。
gekoちゃんとはその常連グループの中でも大ボス的存在であり、その異様な勘の良さ
で一目置かれている女性だった。その彼氏というのは俺のオカルト道の師匠でもある
変人で、そのフォーラムには「レベルが違う」とばかりに鼻で笑うのみで参加をした
ことはなかった。もっとも彼はパソコンなど持っていなかったのであるが。
その師匠を連れてきてとは一体どういう魂胆なのか。
「いやあ、そのグループ展さあ、5日間の契約で場所借りてて今日で3日目だった
 んだけど……なんか変なんだよね」

聞くところによると、絵画作品を並べているギャラリーで誰もいないはずの場所から誰
かのうめき声が聞こえたり、見物客の気分が急に悪くなったりするのだそうだ。
「昨日なんてさ、終わって片付けして掃除してたらさ、床に長くて黒い髪の毛がや
 たら落ちてんの。お客さんっていっても、わたしの友だちとかばっかだし、たいて
 いみんな髪染めてんのよ。先生とかオッサン連中はそんな髪長くないしね。気味悪
 くてさあ」
みかっちさんは演技過剰な怖がり方で、肩を抱えてみせた。
「こういう時頼りになるgekoちゃん、この間からなんか実家に帰ってていないし。キョ
 ースケは東京に出て行っちゃったし」
肘をついてブツブツと言う。
「というワケで、噂のgekoちゃんの彼氏しかいないワケよ」
みかっちさんは師匠と直接会ったことはないようだが、やはり噂は漏れ聞いているみ
たいだ。どんな噂かはさだかではないが。
「とにかくコレ、案内状。明日来てよね。私、明日は朝から昼まで当番だから、昼前
 に来て」
ずいぶん強引だ。「明日は平日なんですけど」と言うと、めったに講義出ないんで
しょと小突かれた。

翌日、一応師匠を誘うと「面白そうだ」とノコノコついて来た。
二人で案内状を見ながら街を歩き、たどり着いた先は老舗デパートのそばにある半地
下のこじんまりとしたギャラリーだった。
少し外に出ればアーケード街があり、平日の昼でも人通りが絶えないのであるが、こ
こはやけに静かで落ち着いた雰囲気が漂っていた。

中に入ると、学生らしきショートボブの女性が「いらっしゃいませ」と笑顔をこちら
に向けてくれた。みかっちさんと同じ美術コースの人だろうか。暗めの照明に、壁中
に大小様々な絵が飾られた店内が照らし出されている。
「あ、ホントに来たんだ」
呼んでおいてホントもなにもないと思うが、みかっちさんがギャラリーの奥から出て
きた。そして師匠を見るなり目を見開いて呟く。
「ちょっと、gekoちゃん。見せないワケだわ……」
師匠はそれを無視して、視線をギャラリー内に走らせる。ここに来るまで冷やかし
気味だった雰囲気が少し変化していた。
「ここって何人ぐらいで借りてるの」
師匠の問いかけに、みかっちさんは「6人」と答える。
「コースの仲間と、後輩。学割が効くんですよ、ココ」
「で、自分たちで描いた絵を期間中、置いてもらうわけか」
「そうです。で、6人で順番に当番決めてお客様対応」
ふうん。
師匠はもう一度、視線を一回りさせる。
「あ、そうそう。わたし犯人っぽいのわかっちゃったかも。こっちこっち」
みかっちさんは俺たちをギャラリーの奥まった一角に案内した。
それまでバスケットのフルーツなど、静物画を中心に並んでいたのに、一つ明らか
に異質な絵が出現した。
それは人形の絵だった。
全体的に青く暗い背景の中、オカッパ頭の人形の絵がまるでヒトの肖像画のように
描かれている。明らかに人間をデフォルメしたものではなく、写実的な表現で一目
見て人形と分かるように出来ている。黒髪の頭に赤い着物。それらが妙に煤けた感
じで、小さな額に納まっていた。


続く