[エレベーター]

大学1回生の秋だった。
午後の気だるい講義が終わって、ざわつく音のなかノートを鞄に収めていると、同級生
である友人が声を掛けてきた。
「なあ、お前って、なんか怪談とか得意だったよな」
いきなりだったので驚いたが、条件反射的に頷いてしまった。
「いや違う、そうじゃなくて、怪談話をするのが得意とかじゃなくて、あ〜、なんつっ
 たらいいかな」
友人は冗談じみた笑いを浮かべようとして失敗したような、強張った表情をしていた。
「……怖いのとか、平気なんだろ?」
ようやくなにが言いたいのか、わかった。彼の周囲で何か変なことがあったらしい。だが
頷かなかった。平気なわけはない。
「外で聞く」
まだ人の残った教室では、あまりしたくない話だ。俺はその頃はまだ、できるだけ普通の
学生であろうとしていた。
夕暮れの駐輪場で、自転車にもたれかかるようにして経緯を聞く。
彼は郊外のマンションに一人で住んでいるのだと言った。エレベーター完備の10階建て
で見通しの良い立地場所なのだとか。親が弁護士で、仕送りには不自由していないのだそ
うだ。口ぶりから自慢げな雰囲気を嗅ぎ取った俺が、「帰っていい?」と言うと、よう
やくそのマンションで気味の悪いことが起こっているという本題に入った。
「エレベーターで1階に降りようとしたらさ、箱の現在地の表示ランプが上の方の階か
 ら下がってくるわけよ。それで自分トコの階まで来たら開くと思うじゃない? それが、
 なんでかそのまま通過するんだよ。ちゃんと下向き矢印のボタン押してるのに」

それが頻繁に起こったので、彼は管理人に電話したのだそうだ。故障しているのではな
いかと。しかし、数日後「業者に見てもらったが正常に作動中」だとの返答。他の住民
に「最近、エレベーターの調子悪くないですか」と聞いてもみたが、「さあ」と返され
ただけだった。
「箱の現在地が下の方の階にある時だって同じことが起こるんだ。ボタン押して待って
 ても、開かずに通り過ぎるんだよ。それでランプ見てると上の方の階で停止してるだ
 ろ。上の階の人が先にボタン押して箱を呼んでても、途中の階で後からボタン押した
 らちゃんと止まるよなあ。デパートとかだと。まあでも設定が違うのかもと思ってさ
 あ、イライラしながら待ってたらやっとランプが降りてきて、自分トコの階で止まる
 わけよ。それでドアがスーッと開いたら……」
彼はそこで言葉を切って、微かに震える声で言った。
「誰もいないわけよ」
ちょっとゾクッとした。
確かになにか変だ。
自分の階をスルーして上の階で止まったはなんなのだ。誰かが乗ろうとしてエレベーター
を呼んだのではないのか。
「そんなことが続いてさあ。もうなんか、気味悪くて」
俺の部屋、4階なんだ……
それがさも因縁めいているかのように、彼は言う。
しかも、5号室。てことは、ひぃふぅみぃよぉの、4つ目の部屋なんだ……
「最悪だよ」
そう言って溜息をついた。
彼はそういう数字的なものを気にするタイプらしい。サッカー部に属している彼に快活な
イメージを持っていた俺は、そのうなだれる姿を意外に思った。

続く