[きょうこさん]
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縁側に彼女が腰をかけてもそのお爺さんは「きょうこさん、よう戻ってきた」
などと変わらず、意味不明のことを彼女に言うので、彼女はこのお爺さんは
きっと少し痴呆が入ってるのだ、と解釈し「いえ、私はただの通りすがりの
者で、きょうこさんじゃありませんよ」と言ってみたのだが、お爺さんは
全く聞く耳をもたない。
次の瞬間、彼女は意識を失ってしまい、ふと気がつくと母屋の中の仏間に
お爺さんと二人でなぜか座っていた。彼女は自分の意識がなぜ飛んだのか
わからなかったが、お爺さんはまた一方的に彼女に話しかけてきた。
「昼の間は他のもんは出払っとって、ワシ一人じゃけえのう」彼女は気味悪
さをこらえつつ「あ、そうなんですか?でも、納屋の方にひょっとしたら
どなたかいらっしゃるんじゃないですか?」と聞きかえした。すると、
「ああ、あれは家の孫の子なんじゃが、結核を患ろうて、ここに置いとるだけ
じゃ。数のうちには入りゃあせん」とお爺さんは言う。
「ああ、病気の療養されてるんですか。それは大変ですね」と彼女が言った
瞬間、何者かが彼女の腕をギュッと掴んだ。
びっくりして彼女が自分の腕を見ると、3歳くらいの女の子が腕を掴んでいた。
いつの間にその部屋に来たのか、まったくわからなかったのだが、その少女は
無表情な顔でじっと彼女を見つめている。

彼女はもう、本能的にこの家がただごとではないことに気がつき、逃げようと
したのだが、体がまったくいうことをきかない。
するとお爺さんが「こりゃ!この人はおまえのお母さんじゃあないんで!」
と女の子を叱りつけたそうだ。
次の瞬間、彼女は目を疑った!
なんと女の子はいきなりお爺さんに飛びかかり、首筋に噛みついたのだ!
しかも、先程の無表情な顔とは一変し、獣のような牙をむき出しにし、赤く
光る不気味な目を輝かせながら!彼女の話では本当に身の毛もよだつような
恐ろしい顔だったそうだ。
とにかく彼女はもう、限界だった。逃げようと体を起こそうとしたのだが、
体がまったく言うことをきかない。ふと自分の体を見ると、畳の中から無数
の手が伸びてきて彼女を掴んでいたのだ!
そればかりではない。その無数の手は彼女を掴みながら、
「きょうこさん、やっと大旦那さんのとこに帰ってきてくれたんじゃねえ」
「もうどこにも逃げられんよ〜」
などと語りかけてくるではないか!
もう、彼女は気を失いそうになった。そしてふと横にいたお爺さんを見ると
先程まで首筋に噛み付いていた幼女は消え、そのお爺さんはお爺さんでは
なく40代の中年の男になっていたのだ!
その男も周りの手の声と同調するかのように、「きょうこさん、あんたは
もう戻れんのんじゃけえねえ」とニタニタ笑いながら語りかけてくる。
まさに、どうしようもない状況であったらしい。

その悪夢のような状況が変わったのは、その男(元・爺)がいきなり立ち上が
り、彼女の手を掴んで、外に連れ出した時だった。
彼女は抵抗もできず、家の外に連れていかれ、倉の前に立たされた。
わけもわからず、彼女がおびえていると、男は倉の戸を開け、彼女に中の様子
を見せたのだ。倉の中に入っていたものは・・・
時代劇などに出てくる座敷牢がその中にはあり、牢の中には一人の女性が
横たわっていた。彼女は恐る恐る、「こ、これは誰ですか?!」と男に問い
かけた。すると、
「誰って、おまえの妹じゃろうがあ」と男はニタニタしながら答えた。
彼女はもう、パニック寸前でそこから一刻も早く逃げ出そうとした。
ふと、横を見ると自分の乗ってきた車はまだそのままの場所にある。
彼女は男を振り切り、車までなんとか駆け出した。すると突如車の前に、最初
出会ったお婆さんが現れ、フロントガラスの上にカラスの死骸を置きながら
「きょうこさん、あんたもうどこにも行かれんのんじゃけえねえ!」
と睨みつけてきたそうだ。
彼女は気が狂いそうになるのを必死でおさえながら、フロントガラスの上の
カラスの死骸をはねのけ、車に乗り込んで、必死にエンジンをかけようと
試みた。

続く