[地下の井戸]
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 その時、急に扉が開いて、人が入ってきた。俺は驚いてライトを落として、立ち上がってた。S
さんとKさんも。入ってきたのは、Nさんだった。Nさんは俺たちを見て、怪訝そうな顔をした。
「S、もう済んだのか」
Sさんは少しの間、呆然としていたけど、すぐに答えた。
「済みました」
Nさんは俺たちの様子を見て、俺たちが井戸の中身を見た事を悟ったみたいだった。
「見たのか、中を」
俺たちはうなずきもせず、言葉も発しなかったが、否定しないことが肯定になった。
「さっさと蓋閉めろ」
言われて俺は、慌てて鎖のところに行って、さっきとは反対側の鎖を引いて回した。少しずつ蓋
が閉まっていく。
「余計な事を考えるんじゃねえ。忘れろ」
 そう言われた。確かにそうなんだけど、ぐるぐる考えた。殺しちゃまずいって、Sさんは言ってた。
Sさん自身も、なぜ殺しちゃだめなのか、知らなかったんだと思う。生きたまま落とした理由は?
生きたまま・・・・あの化け物のような奴らがいるところへ。考えたく無くなった。

 俺たちは来た道を戻り、車で道に出た。今度はSさん、Kさんは、Nさんのベンツに乗っていった。
そしてそれが3人を見た最後になった。

俺は思い出していた。あのとき『袋』に入っていた男の顔を。最近出所してきた、会長の3男だっ
た。出来の悪い男というウワサだった。ケチな仕事で下手を踏み、服役していたらしい。俺は2、3
回しか顔を合わせた事が無かったが、大した事無さそうなのに、威張り散らしてヤな感じだったの
を覚えてる。

 だからといって、会長の息子を殺すのはアウトだよ、死体を隠したっていずれバレる。それでも出
来るだけバレないように、俺を使って運んだんだろうけど。

 あの出来事から2週間くらいして、Nさんが居なくなった、お前も姿をくらませって、Sさんから電話
があった。バレたんだ。会長の息子を殺ったのを。

 組から距離をおいていたのが幸いして、俺は逃げ延びる事ができた。SさんやKさんがどうなった
のかは知らない。あれから数年、俺は人の多い土地を転々としている。これはあるネットカフェで書
いた。

もうすぐネットカフェも、身分証を見せないと書き込めなくなるらしい。これが最後のチャンスだ。組
の人たちがこれを知れば、どこから書いたのか、すぐに突き止めると思う。だから俺はこの街には、
二度と戻ってこない。

 誰かあの井戸を突き止めて欲しい。なぜあの井戸に、暴力団なんかが鍵持って入れるのか。そう
したら俺の追っ手は、皆捕まるかも知れない。俺は逃げ延びたい。これからも逃げ続けるつもりだ。


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