[見張り]
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玄関で友達が受け答えしている。
「はあ、U大生です・・」「ええ?そう、友達と一緒ですけど・・」
とかボソボソ聞こえてきて

「そう、今日引っ越してきて・・」「え?もう貸してない?」
とか言ってる。

『何だ、何だ。どうした?』俺達3人も玄関へ行ってみた。

よく田舎に居そうな、帽子を被った年配の見るからに農家の人
みたいなオジサンが玄関で友達と話している。
外には、電話ボックスの男と、バス停の中年の女も居たのでびっくり。

農家の人みたいなオジサンは、このアパートの大家だと自己紹介
し、外に居る男と女は息子さんとその嫁さんだと説明した。
オジサンが「さっき、タバコ買いに行った人居なかった?」
と言うので友達が俺を見る。

(ははぁ、未成年者のタバコと思ったんだな。それでワザワザ文句
言いに夜中に来たのか。まったく田舎はうるせえ奴が居るんだな)

単純にそう思った俺は、運転免許を出して説明してやろうとすると
中年の女がヒョイッと顔を出して
「そうそう。このお兄さんよ。大丈夫だった?」と言い
電話ボックスの男が「別荘の処に変な人が居たろ?」と言った。

イチャモンどころか何か心配してくれてる様な雰囲気に
拍子抜けした俺達に大家のオジサンが話してくれたのは
だいたい以下の様なことだった。

以下は大家さんの話。

“このアパートは五年前くらいに建てて、U大生をメインに貸して
いた。ある時住人の学生が一人、頭が変になってアパート中の
人に夜中だろうとお構いなしに訪ねて行っては、話を聞いてくれ
と言う様になった。当然住人からはクレームが出た。
そいつは卒業してアパートからは出て行ったんだが、就職せず
親元へも帰らずU市付近に住んでしまった”

その学生には得体の知れない仲間もいて、あちこちに現れては
迷惑を掛けている。その一つにU大の学生名簿を使った物が
あって一人暮らしの学生に話にやって来るのだという。
俺はピンときた。『それ、ネズミ講じゃねえの?』

その頃は、マルチ商法とかの名前は無かったが、卒業生などの名簿
を頼りに何かを売りつけて会員とかにする、ネズミ講と呼ばれる
商売は確かに有って、そういった奴は皆から絶交されていた。

『あいつ等ネズミ講だよ。あの別荘がアジトなんでしょ?』
俺達がそう尋ねると、大家さんは言った。
「あの別荘はもう無いよ。解体されて今は更地だよ」

実は、このアパートには学生だけが住んでいたのだが、例の
おかしな学生の仲間の生徒が段々増えてしまい、不動産屋に
頼んで連中には引っ越しを頼んでいる。最後の住人が出て行ったら
ここは閉鎖する予定なのだそうだ。
連中が仲間を呼び込んでは困るので、毎晩定期的に見張りに来ている。
それで、引っ越しのトラックを見掛けたので、様子を見てたら
何か様子が違うので心配になって来たのだという。

大家さんは怖い顔で友達に言った。
「ここのアパートは、誰に紹介されたの?」
『そうだよ、お前。ここはやべえぞ』と俺が言うと
友達はいきなり大声で言った。

「ち が う ん だ よ。 お れ た ち は !」

唖然とする俺達に、そいつは口から泡を飛ばしながら叫び続けた
のを今でも覚えている。狂人ってのは多分ああいうのを言うんだろう。

「金儲け、金儲けとか言うなぁぁ!俺達はそういうのじゃないぃぃ!」

半狂乱のそいつを残して、俺達3人は大家さんの車で駅まで行って
ホテルに泊まり、翌朝帰った。そいつとはそれ以来二度と会ってない。
当時は新興宗教とかカルトなんとかの話題も聞いた事はなかった。
例の某教団が流行る前の事だ。今から調べても某教団がT県のあの辺り
で活動していた記録はない。


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