[見張り]

何の脈絡も無いけど、俺も怖い思いをした事がある。

20年ほど前、T県にある国立大に通っていた友達のアパートへ
3人で引っ越しの手伝いに行った。U駅周辺やキャンパスの周辺は
そこそこ明るい感じだったが、そいつのアパートはK川を越えた
雑木林に有り、車のなかった俺達はバスで近くまで行き、そこから
歩いて20分も掛ったひどく寂しい場所だったんだ。

引越し屋の業者も帰り、4人で麻雀などをやりつつ酒を飲んだ。
当時タバコを吸っていたのは俺だけで、夜中になった頃タバコが
切れてしまった。
酒とジュース、つまみは豊富に有ったんだけど、タバコだけは無い。
自販機はないのか?と聞くと、例のバス停まで行かないと無いと言う。

外は真っ暗だった。文字通り足元も見えにくい程の闇。
(マジかよ〜、嫌な感じだなァ)
時折有る街灯の周辺だけが微かに明るいだけの山道をトボトボと
歩いていると、公衆電話のボックスに出くわしたんだが、これが
何かおかしい。
普通なら明かりが点いているはずなのに、消えている。
(壊れてるのか?これ?)
立ち止まってボックスを除くと、電話機には電気が来ているらしく
赤い表示は点いている。

通り過ぎようとしたら、公衆電話の隣に立ってるゴルフ場のデカイ
看板の後ろに男が立ってジッとこっちを見ていた。

思わず(うぉっ)って小さく声を上げてしまったんだが
愛想笑いをしつつ軽く会釈をして俺は通り過ぎた。

(こんな真夜中に、あのオヤジ、何やってるんだろう?
気持ち悪いなぁ)

と思いつつ歩いて行くと、森の中に分かれ道が有って
『○〇の里』とか『○○の家』だかもう
思い出せないけど、白い看板が立っていて、来る時は全く気付
かなかったバリケードが置いて有った。道の奥は森の中に
消えていて先は全く見えなかった。別荘でもあるんだろうな。

やっとバス停まで出ると、田舎のバス停に良く有る雨除けの
しょぼい屋根の下に中年の女が立っていた。

(もう、バスなんか来ねえだろ?何で居るんだろ?)

中年の女は俺がタバコを買うのをジッと見ていた。

戻って来ると例の別荘らしき白い看板の前に車が1台停まっていた。
軽トラって言うのか、小さい荷台がある、よく田舎なんかの農家の
人が乗っている様なアレ。
どう見ても3人がやっと乗れる様な車なんだけど、4,5人位の
男と2人程の女が周りに居る。
真夜中だろ。それにこんな真っ暗な中でお互いに人が出会ったら
黙って通り過ぎるのも何だから、と思った俺は
『何かあったんスか?』と声を掛けずにいられなかったんだ。

すると若い女が「道に迷ったみたいで」と言った。
「助けてくれます?こちらに住んでるんでしょ?」
となれなれしく笑って言った。
『俺、地元の人間じゃないんで分からないけど、バス停の有る国道
ならあっちの方ですよ』と言うと、もう一人の若い女が
「じゃあ、そこまで一緒に車で」と言う。

よく見ると女の着てる黄色のジャージは、マダラになってて元は
白い物が汚れてしまった感じだし、車の中には赤ん坊が居る様だった。
車の中には生ゴミの袋が有って、赤ん坊はその中で泣いていた。
酷い悪臭がした。

(冗談じゃねえよ、こんな気持ちの悪い奴らの車なんて)

『ここからなら真っ直ぐだし、ちょっと帰る家も遠いので・・』
と何とか断ってその場を去ると、連中は「じゃあ、また」と言った。

例の電話ボックスまで来ると、さっきの男が今度は電話ボックスの
中に立っていて、電話もしないくせにジッと俺を見ていた。

アパートに帰った俺は、さっきの事を皆に話した。
「なんだ?そりゃ」とか「よっしゃ、見に行ってみるか?」とか
チョッと盛り上がって、ほんの30分もたたなかった時だった。

玄関のブザーが鳴った。

続く