[復讐]
前頁

私は、真実を語るべきではないかと、ママに相談した。
しかし、けっしてしゃべっては駄目だとママは言った。
今は私も理解できる、一度壊された人間の心はもう元には戻らない。
あれほど優しかった彼が、こうならざるをえなかったからには、彼には復讐を遂げる権利はある。
ただ、ママの考えは多分私とは違ったのだろう。

その後そのイジメッ子達は小学校の頃の悪行を理由に、
エスカレーター式の母校を相次いで退学になったが。
それは彼の責任ではないと思っている。
なぜなら、掘り返される理由は他でもない本人が-正確にはそうともいいきれないが-作り出していたし、
それに彼の嘘は、彼が心身に受けた傷の万分の一にもならないと私は今でも思ってる。

けれども、最後の一人が高校一年の頃、煙草所持一回で(他は一度目は有限停学 二度目は無期停学-復学あり- 三度目で退学)退学となった時。
退学処分を言い渡されるだけのために、親とともに学校にきていた様子を、遠巻きに観察していた、彼の表情は忘れない。
歯をむき出しに、目を爛々と輝かせ、嘲りの笑みはまさしく悪魔そのものだった。

ここまで書くと私の事を、ストーカーだと思うだろう。
そう、私はストーカー。
思いを告げようと思った相手が殺されて、中身が別のバケモノになって。
それでも、元に戻らないかと初恋をそのときまでずっとひきずっていた。
でもあの表情を見たとき、それは土台無理なんだと悟った。
一週間学校を休んで毎日泣き腫らした。
ママは、小学生の頃のように私を慰めてくれた。

彼は、役目を終えたというように。高校二年の頃から成績を維持する努力を放棄し。
大学への進学は諦めた。

私が彼と再会したのは、大学を卒業し、家族を持った後。
元担任の家でおこなわれた小学校の同窓会に出た時だ。
なぜなら、彼の復讐はまだ終わっていなかったからだ。
だからそれまでの同窓会も毎回出席していた。

そして、軽く飲んだ酒で寄ってしまい、担任の家の庭で酔いを醒ましている時、彼が目に入った。
長い袋のようなものを背負い、剣道の防具をいれる袋を背負っていた。
彼は凄く上機嫌で口笛を吹いていた。
曲は賛美歌第ニ編191番 だった。
私が中学高校と所属していた聖歌隊で、よく歌っていた曲だった。

彼は庭に入ってくると、私の目の前で長い袋の紐をといた。
そして私を見るなりにっこり笑い、「よかった」と私に告げた。
刀の柄が袋の端からのぞいた。どういうことかと聞いた。
「君のママが、僕のママに全部話してたんだ。君が、凄く心配してたよって、桃組の頃から」
桃組というのは小学校4 5 6のクラスだ。
「でも、ごめんね、ずっと待ってたんだ。あいつらが全員、立派に大人になるのを。
それを見て喜ぶあいつの目の前で全員ころして、それからあいつの節々一本づつ切り落とす。
君にだけは見られたくないから、帰って。」
彼は、うつむいて涙を流した。
「よかった、君をどうやって外に連れ出そうか、困ってたんだ。
やだやだやだやだ見られたくない。」
膝が震えてその場に私は崩れ落ちた。
彼は一部だけ正気をもっていたんだとこの時気づいた。
私に、今のような自分の姿を見られるのを恥じている彼は、自分の罪深さを理解していた。
それでもやめられないから苦しいんだろう、渋面は間違いなく苦悩をかかえた人間のものだった。
防具袋を下ろした彼がその紐を解くと、短刀の柄も沢山みえてきた。
彼は私以外、あの時のクラスメイトと担任全員殺すつもりとしか思えない。
なんでそんなにと聞いた。担任ならわかるけど。
「あいつらいきなり、僕に味方したろ。許せない。それまで笑ってみてたくせに。」
彼の想いは理解できた。
でも、彼がやろうとしている事があまりに凄惨でいけないことだ。

続く