[転生]
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アリサの通訳を介して俺はジュリーに色々と質問をした。
予想通り、ジュリーは「意識的に」男を誘惑したことはなかった。
彼女の主観では、むしろ男に襲われ嬲り者にされ、女からは常に敵意を向けられてきた。
女性に対する恐怖は死んだ母親やバーク夫人の影響が強いようだ。
韓国にいた頃は同級生や上級生の女児から酷いいじめを受けており、大人の男性から性的な悪戯もされていたようだ。
彼女の凶暴な側面が現れたのは、発作的に弟をマンションのベランダから投げ捨てた時からだった。
父親から性的な暴行を受け、母親から激しい折檻を加えられている自分と弟を比べて堪らなくなったと言うのだ。
それ以来、彼女は時々自分自身では制御できない衝動に駆られて行動するようになった。
父親の時も、街角に初めて立ったときも、バーク氏の拳銃を持ち出して使った時も・・・
始めは襲われて無理やりだったのに、そのまま男達と関係を続けてしまったのは、自分を「女」と確認する為だったらしい。
それと、逃げたり拒絶する事に強い恐怖を感じていて、抜け出せなかったとも語っていた。
彼女本来のキャラクターは、気弱で大人しく、いつも他者から傷付けられる事を恐れている、か弱い女性のものだった。
だが、その「いかにも」な性格の反面として内在している彼女の「獣」は凶悪で危険だった。

俺の中の警報装置は、危険!危険!と赤ランプを点滅させっぱなしだった。

父親のバーク氏は「娘」を取り戻そうとして見境の無い状態になっていた。
カナダからの情報では、かなりの金を使って日本で人を動かしている。
凶暴化したジュリーが脱走する恐れもあった。
乗ってきた車も文たちに持って帰らせ、俺達は完全な缶詰め状態で潜伏を続けた。
マサさんが「準備」を済ませ、潜伏中の俺達に連絡してきた時、潜伏開始から2週間を過ぎていた。

翌朝出発した俺とマサさんは、昼すぎに潜伏場所に到着した。
前日、朴が来た時、ジュリーはかなりナーバスな状態にあったが、その時は落ち着いていた。
同じ境遇で、歳は近いが年長のアリサの存在はやはり大きかった。
俺と権さんだけでは、2週間にも及ぶ潜伏生活は不可能だっただろう。
マサさんは俺に話した韓国と日本で調査した内容をアリサの通訳を介してジュリーに話して聞かせた。
バーク夫妻も俺達も、ジュリーには退行催眠で彼女が話したこと、彼女が林幸恵の生まれ変わりだと言ったことは教えていなかった。
カウンセラーの操作でジュリーも催眠で自分が語ったことを忘れている。
だが、マサさんの話を聞くと大粒の涙をボロボロ流しながら、肩を震わせて泣いた。
マサさんは『寺が林家を供養して、新しい墓を立てることになった。一緒に行かないか』と、たどたどしい英語でジュリーに言った。
ジュリーは「YES」と答えた。
マサさんが訳を話して住職に頼み、檀家総代の大森家が動いて檀家衆を説得したのだ。
役員で反対を表明するものはいなかった。

マサさんとキムさん、ジュリーと俺と権さん、そしてアリサは2台の車に分乗して、林家のあった町に向かった。
俺の運転する車に権さんとアリサ、そしてジュリーが乗った。
ジュリーにとっては、祖父の罪を林家と幸恵に詫び、供養して赦しを得る為の旅だっただろう。
しかし、ジュリーは目的地が近付くと涙を流しながら『初めて来た所なのに懐かしい・・・』と言っていた。
俺は何か予感じみたものを感じていた。

夕方、町に着いた俺達は、寺の紹介で杉村家と言う旧家に泊めてもらうことになった。
当主の杉村氏は50歳前くらいの男性だった。
ふと、仏間に目が行ったときに俺は気付いた。
杉村家は林幸恵の実家だ。
額に入った若い女の写真。
あれは林幸恵に間違いないだろう。
学校から帰宅した杉村氏の高校生の次女を見たとき、確信に変った。
杉村家の人々も驚いていたが、ジュリーと彼女はまるで姉妹のように似ていたのだ。
ジュリーも杉村家に来て、理由の判らない懐かしさを感じていたようだ。

翌日土曜日、杉村氏に伴われて俺達は町内を見て回った。
ジュリーは言葉には出さないが、見るもの全てが懐かしいといった風情だった。
あちこち見て回って、ある地蔵の前に来た時、俺はぞわっと寒気を感じた。
地蔵の背後には鉄柵と鍵で封じられた深そうな穴がある。
穴からは嫌な空気が漂っていた。
横を見るとジュリーが立ちくらみでも起したように倒れ掛かった。
近くにいた杉村氏がジュリーを抱き止め、その日はそれで戻る事になった。
ジュリーは杉村氏に背負われて杉村家へ戻った。

続く