[立ち入り禁止]

釣り好きの知り合いに聞いた話。

AとBの男二人が、とある深い山間に川釣りに出かけた。
全く知らない土地で多少不安はあったものの陽気につられてしまい、
つい山の奥まで舗装されていない道路を沢沿いに車を走らせる。
釣れそうなポイントはないかと探していると、道沿いに少し雑草の茂った広場があり、
林に囲まれた沢に通じる小道への入り口が見えた。
まだ先に道は通じているものの長時間の運転だった為、もうここしかないな、と車を降りてみる。
と、その小道の入り口に木製の古びた看板に、「立入禁止」と筆書きしてある。
つまり穴場ってことだな、と勝手な解釈をする二人。
気にせず緩やかな下り坂を数十メートル進むと、上流から大きな岩が連なる沢へとたどり着いた。
ここなら良さそうだ、と釣りの準備を始める二人。
その場所からは、林の隣接した上流の景色が数キロにわたって眺められ、
青い空と白い雲の下、木々の緑と川のせせらぎが堪能できた。
沢沿いの小道もそれに沿って続いていたので、
仮にその場所で釣れなかったら、いつでもポイント移動しようと二人は川に糸をつるす。
熱くもなく寒くもない、紅葉の垣間見える山間での午前11時ごろの魚釣り。
あまりの陽気と早起きしての長時間の運転の為か、
Aはついうとうとし始め、この景色を見れただけで十分という気になってきた。
二人の竿には何もかからない。
一時間位たっただろうか、Bがポイントを上流へ変えてみると告げと移動した。
黒いジャンバーのBの背を生返事で送りつつ、多少強めの日差しを感じ眠気を覚ますA。
あまり奥まで行かないよう言うべきだったかなと、多少後悔しつつもぽかぽかとした暖かさには勝てず
帽子を目深にかぶり直して、後ろの岩に背を持たせる。
川の流れる音が心地よい・・・

何かが、ピカッと光った。
目を覚ますA。
どのくらい時間がたったのだろうか、竿に引きはなかったようだ。
うつろな目で上流に見るもBの姿は確認できない。
岩陰のどこかにいるのかな思いと竿のえさを付け替えていると、
何やら上流数キロ先の小道から、黒い服装の人物が手を振りながら歩を進めてくる姿に気付いた。
黒ジャンバー、Bか、何だろ?とBらしき人物に手を振り返してみる、あまり視力の良くないA。
それにしてもずいぶん奥まで行ったもんだと多少呆れて見ていると、まだ手を振っている。
こちらからBが見えてるのだから、当然Bもこちらが見えて手を振ってるはずなのに・・・
何かあったのか、大物でも釣れたのか・・・?
聞こえるかどうかは別にして、どうした〜〜〜!?とAは大声を上げてみる。
木霊する訳でもない声は川のせせらぎの音にかき消されたらしく、
Bは腕を振り回すといってもよい位、手を振り続けているように見える。
そして、その腕が時折チカチカ光っている。おそらくBの付けてる腕時計が、
日光で反射しているのだろう・・・さっきはそれで自分は起きたのかな?
しばらくそのまま様子を見ていたAだが、少し妙なことに気付いた。
手を振り回す動きの速度に比べて、その歩みが余りに遅すぎる。
急ぎであれば小走りくらいするはずが、そのようには見えない。
よく見ると右足を引きずっているようにも見える・・・
いかん、Bの奴、怪我してたんだ!
自分の鈍感さに嫌気が指しつつ釣り場を離れBの元へと急ごうとするA。
川沿いの岩場から小道までたどり着き駆け寄っていこうとした瞬間、Aは我が目を疑った。

目に自信のないAにも確認できる500m位先の岩場に、釣り糸を下げているBがいた。
目を凝らして見る。間違いない、明らかにBだ。
今までAのいた場所からは、単にBの姿が岩陰になって見えなかっただけだったのだ・・・
とりあえず、良かった・・・と安堵するも
では、1km程先で今も手を振り続けている人物は誰なのか・・・?


続く