[邪教]
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女の異変は父親の死去から始まった。
彼女の父はある宗教団体でかなり高い地位に在ったらしい。
地元の信者をまとめる大物だったようだ。
優秀だった兄は上京して某国立大学を出て、朝鮮籍のまま某大企業に入った。
その企業グループの上層部には教団信者が多数入り込んでいるのだ。
女の嫁ぎ先も彼女の父親が仕切る教区?に属する資産家一家だった。
彼女の父親が生きている間は全て旨く行っていたようだ。
しかし、父親の死後暫くして彼女の母親が倒れ、兄の人格が激変した。
横領により解雇された兄が実家の資産を浪費し、多額の負債を負うまでに没落した。
その兄は詐欺事件と傷害事件を起こし長期収監中なのだという。
さらに、嫁ぎ先も不幸が続き、彼女は第1子を流産。
夫は愛人を作って蒸発したのだと言う。
彼女の父親の死を基点に両家は僅か数年で没落してしまったのだ。

仕事の内容は簡単だった。
キムさん達が仕事をしている間、妨害を排除し、彼女と彼女の母親をガードすることだった。
期間は1週間。ギャラは通常の3倍だった。
キムさんは同様の事案を何件も処理した経験があったようだ。
キムさんと彼女がどうコンタクトしたのかは不明だが、キムさんは過去の経験と自分の
見立てを彼女と彼女の母親に話した。
キムさんの指摘に思い当たる節があったのだろう、彼女の実家と嫁ぎ先両家は教団を
脱会した。
彼女の実家の家屋敷は教団の「教会」として教団名義になっていた。
彼女が生まれる前に教団に「布施」として寄進され、教会長として彼女の一家が
住み続けてきたのだと言う。
脱会した今、教団は彼女の一家を追い出しに来る。
彼女の父親もそうやって信者の家屋敷を収奪してきたのだ。
しかし、今回の目的は違う。
キムさんの「仕事」を妨害してある物を奪い取りに来るというのだ。

約束の日、俺はキムさんに伴われて彼女の実家に向かった。
近くの路上には離れた位置に短髪の男達が乗った車が2台停まっていた。
キムさんの会社の社員だろう。
門をくぐって屋敷に入った。
3・400坪はあるか?
門をくぐった時から嫌な感じがした。
確かに尋常ではない、何かがあるようだ。
キムさんと共に俺は仏間に入った。
其処には大きな仏壇があった。
初めて見るタイプの仏壇だった。
俺に宗教の知識は乏しいが、その宗派の「本尊」は仏像の類ではなく、所定の地位に在る
僧の書いた書付なのだ。
仏壇の中には書付の入った箱?が入っている。

仏間には猛烈に嫌な空気が流れていた。
仏壇を見ていると全身から生気を抜き取られているかのような脱力感に襲われた。
しかし、それ以上に嫌なのは、仏壇の対面にある船箪笥の上に置いてある黒い小箱だった。
何か嫌な気がその小箱から仏壇へと流れている感じがした。
かなりヤバイ物なのは俺でも判った。
箱の中には何があるのか。
俺は箱の蓋を開けたくなった。
箱に手を伸ばそうとした瞬間、不意に横から声を掛けられた。
「おい、その箱に触るなよ。どんなものか判るだろ?」
声の主はマサさんだった。
俺はハッとして手を引っ込めた。
箱に魅入られてしまったらしい。危なかった。

「久しぶりだな」
「ご無沙汰してます」
「大分鍛えたようだな」
「おかげさまで」
「うむ、それじゃあ仕事の説明をしようか」

マサさんの話によると、あの仏壇には元はかなりランクの高い「本尊」が入っていたらしい。
問題の教団が出来るよりもかなり前の時代からあった霊格の高い本尊だったようだ。
それが依頼者の父親の葬式の時に偽物と摩り替えられたらしいのだ。
教団は本尊を作る権原のない者によって作られた「偽本尊」を信者に広くばら撒いているのだが、
この偽本尊はある細工をすることによって「親」となる本尊へと運気や功徳を吸い上げるようになって
いるのだと言う。
信徒の本尊には教団の母体の宗派で作られた真正な本尊もあったのだが、教団の幹部は
ある時は騙して、ある時は盗み出して本尊を偽本尊に置き換えていった。
末端信徒の偽本尊は言わば「ストロー」であり、細工された親本尊は吸い上げた運気や功徳
を溜め込む「甕」なのだという。

続く