[荒れた天気の日に]
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母が出かけた家は自分とT以外誰もいない。
真っ暗な部屋に聞こえるのは雨音と、クーラーが必死に冷風を送り出す音だけだ。怪談にはもってこいの雰囲気になった。
いくつめかの話が終わり、もっと話して欲しいと自分がせがむと
「あんまり怖い話ばっかりしてると寄ってくるよ」
と言ってTはにやりと笑った。
そうでなくても内心既にかなりびくびくしていた自分は、そうと悟られるのも悔しいので
「そんなの大歓迎だ」
と痩せ我慢をしてみせ次の話を催促した。
それを見透かしていたのかは分からないが、苦笑いを浮かべてそれじゃあとTは次の話を始める。

その時、電話が鳴った。

ピリリリリ…ピリリリリ…
雨音とは質の異なる高めの電子音が、ドア越しでくぐもっているものの耳障りな程によく聞こえた。
電話は一階にあるが、こうも音がしっかり届くと言うことは、母が自分のために子機を階段に置いていったのだろう。
二階の部屋でドアを閉めているとよく電話の音を聞き逃す事があるので、母は自分に留守番させる時はよくそうした。

情けなくもその音にすら十分縮み上がった自分だったが、すぐに気を取り直すとベッドを降りてドアへと向かった。
一瞬怯んだおかげで、誰かは分からないが少し相手を待たせてしまっている。
8畳程の自室のベッドとドアは、ほぼ対角線上にある。真っ暗でもそこは慣れ親しんだ自分の部屋だ。
5、6歩真っ直ぐ歩いてすぐ、手がドアノブに触れた。これをちょっと引けば、数時間ぶりに外の明るさに触れられる。雨だけど。

「待って」

初めて聞く声だった。否、それはTの声だったのだが。
いつになく真面目で冷ややかな、有無を言わさぬ迫力のある、それまで聞いた事の無い声色だった。
言葉に従うと言うよりその声自体に驚いて、思わずドアノブを握ったまま振り返る。
「…びっくりした、な」
なに?と言い切る事はできなかった。

カラカラと乾いた音が聞こえたと思う間も無く、首をすくめてしまうような轟音。
家も鼓膜もビリビリと揺らし、下っ腹に響く落雷独特のあの音。
部屋に稲光が刺し込んだ。

自分はまだドアを開けていないのだが。

振り向いていた自分には調度、それに照らされたTが自分を見ているのが見える。
違う、ドアを挟んで自分のすぐ隣。今の轟音と同時に向こうからドアを叩き開けた何かを、Tは睨んでいた。

勢い良く、しかしその勢いの割には十数センチだけ開いてぴたりと止まったドアに弾かれた右手が痛みで痺れている。
一瞬のうちに起こった出来事に、もちろん自分の頭は全く追い付けていなかったが、
何かを睨むTの顔にビビってとりあえず後退りをしたらドアは普通に閉まって、部屋はまた真っ暗になった。

「出なくてよかったね」

先刻とは打って変わって楽しそうな、Tの声。
稲光と暗闇の突然の明滅に目がチカチカして、その顔は見えない。

出なくてよかった。
部屋から?それとも電話に?両方だろうか。

鳴り続けていた電話の音は止んでいた。
ドアのすぐ脇にあるスイッチを押し電気をつける。停電はしていない。クーラーも動いている。
眩しさに慣れやっと捉えたTの顔は、もういつものTだ。
黙って勢いよくドアを開くと、家中の窓やドアが閉まっている時に感じる、密閉された空間で空気を動かす重みがあった。
誰もいない。すぐそこの階段を見下ろす。
電話の子機などそこにはなかった。

大量の疑問符を浮かべて自室を振り返ると、Tが雨戸を開けている所だった。
さらに彼女は慣れた調子で人のコンポを弄って音楽をかけ、こちらを振り返ると
「話題を変えよう。・・・もうすぐ期末テストだね」と、それはそれで怖い話を始めた。


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