[材料]

祖父がボケ始めたようでした。
何度も同じ事を聞いてきたり、何十年も住んでる近所の散歩で道に迷ったり。
おかげでめっきり落ち込んでいました。
そんな祖父が、私に口癖のように言うことがありました。
「昔食べた中華料理のデザートが美味かった、もう一度食べたい。」
桃のデザートでチーズケーキのように舌の上でとろける様なものということでした。

私は料理雑誌のバイトをしていたことがあり、そのツテで分かったのですが
どうも隣の県の中華料理屋で特別に作ってもらったものらしいのです。

私はその料理店を訪れました。
年老いた料理長は最初はそんな料理は知らないと言いました。
しかし、いろいろ聞いていくと思い当たることがあったらしく
「ああ、思い出したよ。君は奴の孫か。そういえば面影がある。
 奴がボケてきたか…。そうか、もうそんな年か…。
 ただ、あの料理は今では材料がまったく手に入らないのです。」
残念ですが材料がないなら仕方ありません。私はあきらめて帰りました。

それから半年も経ったある日、その中華料理屋から連絡が入りました。
「奇跡的に材料が手に入りました。これも何かの縁です。
 ご家族と一緒にいらっしゃってください。」
私は喜びました。祖父に話すと「そうかそうか」ととても喜んでくれました。

翌日、祖父と両親、私夫婦、そしてやっと立ち上がることができるようになったばかりの私の娘、
6人でその中華料理屋を訪れました。
「やぁやぁ、よく来た。是非、皆さんに食べていただきたい」と歓迎してくれました。
そして出てきた料理は見たこともないデザートでした。
「これが、当家秘伝の白綿桃です」

芳しい桃の香り、プルンとした歯ごたえ、それでいてとろける舌触り、そして濃厚な甘み。
幼い娘も喜んで美味しそうに食べていました。
「如何ですか?当家に伝わる技と当家の長年の思いの味は?」
家族全員、とても美味しいと答えました。
私は、この料理の材料は何か訊ねました。
「う〜ん、秘伝なのですが…。
 でも貴方のおかげで私の祖先も満足できたでしょうから貴方だけにこっそり教えましょう」
彼は私の耳元で囁きました。
「『特別な』牛の脳みそです。」

満面の笑みの料理長を見て、その奇妙な言い回しと祖父のボケの原因、
そして私たち家族、特に幼い娘にまで仕込まれた運命をすべて理解しました。


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