[追跡]
前頁

 心の準備が出来るまで次のページには行かないほうが良い。

そんな一文が、左ページのラストにある。それまでの展開とは関係なしに不自然
な形で織り込まれている。
思わず手が止まる。主人公が最初に向かう先がどこなのか、次のページに行かな
いと分からない。心の準備ってなんだ? 
ページをめくる手が固まる。嫌な予感がする。
次の瞬間、部室のドアをノックする音が聞こえて、飛び上がるほど驚いた。
ドアを開けて滑り込むように入ってきたのは、まさしくこの冊子の作者と推測さ
れる女性だった。
どう考えても偶然ではない。
殻から半分出たカタツムリのような変な格好の俺とコタツを一瞥して彼女は、あ
の人を見なかったかと言う。あの人とは、彼女の恋人であり、俺のオカルト道の
師匠でもあるサークルの先輩に他ならない。
ここには来ていないと答えると、「そう」と言い置いて立ち去ろうとする。俺は
慌てて、持っている冊子を広げながらこれを書きましたかと聞いた。
一瞬目を見開いたあと、「思い出せない理由がわかった」と言ってこちらに戻っ
てきた。
彼女は、説明し難い不思議な力を持っている。それは、勘が鋭いという表現では
生ぬるい、まるで予知能力とでも言うべき感性だった。それも、エドガー=ケイ
シーのように予知夢のようなものを見ているらしいのだが、目が覚めるとそれを
忘れてしまっている。そして日常の中のふとした拍子にそれを思い出すのだとい
う。このことを端的に言い表すなら、"未来を思い出す"という奇妙な表現になっ
てしまう。

いつだったか、街なかで傘をさして歩いている彼女を見かけたことがあった。空
は晴れていたのに。
俺は急いでコンビニに走り、ビニール傘を買った。きっとこれから突然天気が崩
れるに違いないから。
ところがいつまで経っても雨は降らず、結局ビニール傘は無駄になってしまった。
次の日たまたま彼女に会い、そのことを非難めいた口調で語ると、あっさりとこ
う言うのである。
「あれ、日傘」
脱力した。自分のバカさ加減に笑ってしまう。
しかしその日のニュースで、前日の紫外線量が去年の最大値を記録した日よりも
多かったということを知り、驚いた。
彼女は実に不思議な人だった。

「その本、どこから出てきたの」
聞かれてラックを指さす。彼女は「そんなとこにあったんだ」と首を傾げてから
「作ったことも忘れてた」と言った。
この数日、師匠と連絡がとれない、と彼女。
え? と俺は聞き返す。
彼を探しているのに見つからず、変な胸騒ぎがするのにこれから何が起ころうと
しているのか全く「思い出せない」のだと言う。
そういえば俺もここ最近彼を見ていない。曰く、携帯も通じないし車はあるのに
家にいないのだそうだ。
その原因がこの本だ、と言って彼女は指をさした。
思わず取り落としそうになる。

続く