[追跡]
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今日も人間もどきを探して歩く。
  人間もどきは人間のつもりなのだ。
  人間のように食べて、人間のように働いて
  人間のように笑ったり泣いたりする。
  ぼくは人間もどきを道端で、公園で、トンネルで、
  校舎で、ビルディングの中で、そして時々人の家の中で
  見つけてはそいつの耳元でこうささやくのだ。
  「あなたは人間じゃないよ」
  そうすると人間もどきはトロトロと溶けるように消えていく。
  あとには何も残らない。

  ぼくの町は随分閑散としてきた。
  あと何匹の人間もどきがいるのだろう。
  はやくぼくは一人になりたい。
  そうすれば誰もぼくの耳元に秘密の言葉をささやくことはないから。
  
これは短かったので全部読んだ。『人間もどき』という題がついている。いずれ
も気味の悪い話ばかりだ。こんな冊子を自分で作ろうなんて人間は、さぞかし根
の暗い奴だろう。
俺は最後のページを開いて奥付を見た。
日付は2年前だ。発行者は「カヰ=ロアナーク」とある。
"ロアノーク島の怪"をもじっているらしいが、なるほど、趣味が分かりそうな
ものだ。

こんなものを作りそうな先輩を思い浮かべようとして天井を見る。すると一人だ
け浮かんだ。サークルにはほとんど顔を出さない女性で、たまに来たと思っても
持参したノートパソコンでひたすら文章を打っている。何を書いているのかと思
って覗こうとしても「エッチ」呼ばわりされて見せてくれない。なるほど、あの
人かと思いながらもう一度パラパラとページをめくってみる。
『追跡』という表題作らしきものを冊子の中ほどに発見して手を止める。
サークルの部室で講義をサボってゴロゴロしていた男が、古い冊子を本棚に見つ
けて手に取るというシーンが冒頭だ。手に取ったその冊子の題は『追跡』。
おお。メタ構造になってるぞ。
そう思って読んでいたが。

  日付は2年前だ。

文章中のこの部分でぞわっと背筋を走るものがあった。題名の一致は良い。俺と
状況が似た男が出てくるのもまあ、典型的ダメ学生を生産するサークルの体質
からして偶然の範疇だろう。だが、奥付の日付が"2年前"というのは、一体どう
いう一致だろう。少しドキドキしながら読み進める。
小説はこのあと、失踪したサークルの先輩の足跡を、作中作の『追跡』に見出し
た主人公が、困惑しながらもそれを頼りに街へ捜索に出かけるという筋だ。
失踪したサークルの先輩とは誰なのか、詳しい描写はない。作中作である『追跡』
の具体的内容にも触れられていない。ただそれが失踪したサークルの先輩の行く
先を啓示していると、なぜか主人公は知っている。
総じて説明不足で、まるで読者を意識していないような文章だ。全く面白くない。
全く面白くないからこそ、不気味だった。

続く