[ノート]
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祖父の親、つまり私の曽祖父は祖父が若い頃に両方とも亡くなっており、また、修二という弟もいた。
修二さんは生まれついての障害があり、耳が不自由であった。当然言葉にも不自由で、それに伴って
先天性か後天性かは不明だが、精神的にもおかしなところがあったという。
祖父は修二さんを一人で育てていたが、コミュニケーションが通じにくいことと、奇行が目立つよう
なり、目を離せず、仕事も満足に行えない生活で、徐々に疎ましく感じていったという。
修二さんは家に軟禁状態で、自分の意思や感情を伝えようと一生懸命ノートに書き記していたという。
ある日、事件は起こる。
修二さんは当時飼っていた鶏を一匹残らず鎌で殺したあと、自身の両耳に箸をつっこみ、死に至ったという。
箸は耳を抜け、ハンマーで叩いたように、頭蓋骨を貫通し、脳まで達していた。
耳はもちろん、目、鼻といった部位からおびただしい出血があったという。
祖父の証言によって、修二さんは自殺ということで処理されることになったが、
自ら望んだ自殺であったか、狂った末の自殺であったか、あるいは他殺、つまり祖父が殺したのではないかと
当時近所では噂されていたという。
つまり、おばあさんの話では、このノートは修二さんのもので間違いないだろうということだった。

日がくれ、祖父の家に戻った私はこのノートをどう処理するべきか思案した。そのうちに慣れない肉体労働の
疲れが出たのか、明日でもかまわないだろうと考え、そのノートを枕元に置き、床についた。
すぐに眠りについたが、どれくらい眠ったのだろう。物音に気づき、目が覚めた。
「ガサガサ・・・カリカリ・・・」
そのような音だっただろう。何かが這うような物音だ。そしてすぐそば、枕元でそれは聞こえるのだ。
そのあたりから生暖かな空気も感じる。
暗闇の中、ようやく目が慣れたてきたころにそれを見ることができた。
修二さんのノート、そのノートから細長い腕が一本上に向かって伸びていた。
まるで植物が自然にはえているようであり、そしてその腕は肘をまげ、畳をかきむしっている。
「ガサガサ・・・カリカリ・・・」
爪を立て、畳を掻く音であった。
「う・・・・ああああああああああああああああああああ!!」
布団から飛びおきると、おそらく腰がぬけていたのであろう、立つに立てない。転がるように部屋の隅
へと逃げた。
感じたことのない恐怖でパニックになっていたが、その腕の行方を見ずにはいられなかった。
腕は先ほど私が眠っていた枕まで到達していた。そしてそのノートからは、二つの目が覗いていた。
徐々に、頭全体がみえると、
「オオ・・・ォ・・・」
口から音にならない声が低く響く。何かが口のあたりから吐き出される。おそらく血液だったのではないだろうか。
そのあたりで私の記憶は途切れている。気を失ったようだ。

続く