[田舎 中編]
前頁

蝉の声の中を車は走り、くねくねと山道を下りていくとやがて一軒の家の前に出た。
「ここに止めてください」
川の近くには車を止められそうなところがない。いつもこの家の敷地の端を借りてと
めさせてもらっていた。
車を降りた。
暑い。
蒸すわけではなかったが、とにかく日差しが強かった。サンダルに履き替えた足が
気持ちいい。
舗装もされていない田舎道を、「次暑いって言ったヤツ罰金」などと言い合いながら
歩いていると、それなりに仲間らしく見えるのだから不思議だ。
つい数時間前に、「どうしてコイツがいるのか」と師匠と京介さん、ともに喧嘩腰だ
ったのを忘れそうになる。
わりとねちっこい師匠に対して、さっぱりしている京介さんの大人の対応が奏功して
いるように思えた。
見通しのいい四つ辻に差し掛かったとき、ふいに俺の前を歩いていた京介さんが「ア
ツッ」と言ってしゃがみこんだ。
師匠が嬉しそうに「今暑いって言った? 暑いって言った?」と言いながら振り返る。
「言ってない」
京介さんはすぐ立ち上がり、右足を気にしながら、なんでもないと手を振ってみせる。
CoCoさんがどうしたのと聞き、京介さんは歩き始めながら「何か踏んだかも」と答え
る。
そんなやりとりのあと、数分とかからずに川に辿り着いた。
山に囲まれた渓谷の中に、ひんやりとした水面がキラキラと輝いている。昔とちっと
も変わらない、澄んだ水だった。

カラカラに乾いた大きな岩の上に服とサンダルを放り投げ、海パン姿になって玉砂
利の浅瀬にそろそろと足を浸す。
冷たい。でも気持ちがいい。ゆっくりと腰まで浸かって、川の流れを肌で感じる。
師匠はというと、準備運動もそこそこにいきなり飛び込んで早くもスイスイと泳い
でいる。
女性陣の二人は水辺で沢ガニを見つけたらしく、しばらくウロウロと足の先を濡ら
すだけだったが、俺が肩まで浸かるころ、ようやく羽織っていた服を脱ぎ水着姿に
なって川の中に入って来た。
下流の方から派手なクロールで戻って来た師匠が、膝まで浸かった女性二人の前で
止まり、水中から首だけを出して「うーん」と唸ったあとでCoCoさんの方に向かっ
て右手で退ける仕草をした。
「もう少し、離れたほうがいい」
その言葉を聞いてきょとんとした後、CoCoさんはおもむろに隣の京介さんの方を
見上げて、ついで足元まで見下ろし、芝居がかった様子でうんうんと頷いてから、
どういう意味だコラというようなことを言って師匠に向かって水を蹴り上げた。
そのあとしばらく4人入り乱れての水の掛け合いが続いた。
やがて俺は疲れて川からあがり、熱い岩の上にたっぷり水をかけて冷ましてから
座り込む。
他の3人は気持ちよさそうに、深さのある下流のあたりを泳ぎ回っている。
俺も泳げたらなあ、と思う。
完全なカナヅチというわけではないが、足がつかないところへは怖くてとても行
けない。溺れる、という恐怖感というよりは、足がつかない場所そのものに対す
る潜在的な恐怖心なのだろう。

続く