[田舎 中編]
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「電話しといた例の人たちです」
ユキオが玄関の中に体を入れながら奥に向かって言葉をかける。
奥からいらえがあって俺たちは家の中へ招き入れられた。
畳敷きの客間に通され、その整然とした室内の雰囲気から正座して待った。
廊下がきしむ音が聞こえ、白髪の男性が襖の向こうから姿を現した。ユキオの小学
校の先生だったというので、もう少し若いイメージだったが、70に届こうという
歳に見えた。
先生は客間の入り口に立ったままで室内を睥睨し、胡坐をかいているユキオを怒鳴っ
た。
「おんしゃあ、どこのもんを連れてきたがじゃ」
「え」
と言ってユキオは目を剥いた。
俺は驚いて仲間たちの顔を見る。
先生は険しい表情をしたまま踵を返すと、足音も乱暴にその場から去ってしまった。
それを慌ててユキオが追いかける。
残された俺たちは呆然とするしかなかった。
しかし師匠は妙に嬉しそうな顔をしてこう言う。
「あの爺さん、どこのモノを連れてきたのか、と言ったね。そのモノはシャと書く
 "者"じゃなくて、モノノケの"物"だぜ」
あるいは、オニと書く鬼(モノ)か……
師匠はくすぐったそうに身をわずかによじる。
京介さんがその様子を冷たい目で見ている。
やがてもう一度襖が開いて、先生の奥さんと思しきお婆さんが静々と俺たちの前に
お茶を並べてくれた。

「あの」
口を開きかけた時、ユキオを伴って再び先生が眉間に皺を寄せたままで現れた。入れ
違いにお婆さんが襖の向こうに消える。
座布団をスッと引き寄せながら先生は俺たちの前に座った。ユキオも頭を掻きながら
その横に控える。
「で、」
先生は深い皺の奥から厳しく光る眼光をこちらに向けて口を開いた。
「先に言うちょくが、わしは本来おまんのようなもんを祓う役目がある」
その目は師匠を見据えている。
「その上で聞きたいことというがはなんぞ」
師匠は怯んだ様子もなくあっさりと口を開いた。
「いざなぎ流の勉強を少し、させてもらいました。密教、陰陽道、修験道、そして
 呪禁道。それらが渾然一体となっているような印象を受けましたが、陰陽道の影響
 がかなり強く出ているようです。明治3年の天社神道禁止令とその後の弾圧から土
 御門宗家はもちろん、有象無象の民間陰陽師も息の根を止められていったはずです
 が、この地ではどうしてこんな現実的な形で残っているのでしょう」
先生は表情を崩さずに、
「知らん」
とだけ答えた。
「まあいいでしょう。法律の不知ってやつですか。そういえば『むささび・もま事
 件』ってのも舞台はこのあたりじゃなかったかな。……話がそれました。ともか
 くいざなぎ流はこの平成の時代に、未だに因縁調伏だとか病人祈祷だとかを真剣
 に行っているばかりか、"式"を打つこともあるそうですね」
「式王子のことか。……生半可に、言葉ばかり」
「まあ付け焼刃なのは認めますが。僕が知りたいのは実は犬神筋についてなのです」
「わしらには関係ない」
先生は淡々と返す。
「まあ聞いてください。ご存知でしょうが、犬神筋というのは四国に広く分布する
 伝承です」
師匠は正座したまま語った。
曰く、犬神を祓うことのできるわざの伝わる場所には、それゆえに犬神が社会の深
層に潜む余地があるのだと。ましてそんな技法が日々の生活の中に織り込まれている
この地では、犬神もまた日常のすぐ隣に存在している。
「ここに来る途中、頭を釘で貫かれた蛇を見ました。明らかに呪いをかけるための
 道具立てです。もし仮に、誰かの使っている犬神の、その胴体を埋めてある秘密の
 場所を見つけられてしまったとしたら、その誰かは一体どうするのでしょうか」
師匠が言葉を途切れさせたその瞬間、みんなの手元に置いてある湯飲みが一斉にカタ
カタと鳴りはじめた。
地震かと思い、とっさに電灯の紐を見る。

続く