[ざんげの値打ちもない]
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俺はふと気付いて、タッチパネル式のリモコンの方を手に取った。
履歴を見てみた。俺がいま消した曲の前に
「ざんげの値打ちもない」
という見知らぬタイトルが入っていた。俺がドリンクバーから
帰ってきたとき、掛かっていたあの演歌みたいな曲だろう。
俺は入れてない。間違えても入れてない。俺は、そのずっと前の
履歴も遡って見てみた。すると

「ざんげの値打ちもない」
「ざんげの値打ちもない」
「ざんげの値打ちもない」
「ざんげの値打ちもない」
「ざんげの値打ちもない」

俺は部屋から出て、目の前の便所に入った。
したくもないけど個室に入った。そうしてしばらく、
今日来てすぐ、あの部屋を覗いたとき見えた
女の横顔を思い浮かべていた。
気持ちが悪い。もう、あの部屋で歌いたくない。

でもいつまでも、個室にいても仕方がないので、
まだ30分以上時間はあるが、会計を済ませてここを出ようと、
部屋に立った。ドアノブを握って、おそるおそる数センチ開いた時、
音が漏れてきた。部屋にはまた、大音量であの曲がかかっていた。
もう無理だ!と思った俺は、部屋に入らず、そのまま受付の方に
向かった。角を曲がる瞬間、ふと部屋の方を振り向いた。

扉のガラスの部分から女がこちらを見ていた。
へばりついて笑っていた。

俺は受付に行ったが、事情を説明した所で、
信じてもらえなかったらどうしようと思って、
おどおどしながら店員に「あの、14番の部屋なんですけど・・・」
と話し掛けると、店員は何か察知したように、すぐに俺の言葉を遮った。

「あ、分かりました、分かりました。大丈夫です。部屋、お替えになりますか?」
「いや、もう帰ります」

すると店員は、他のバイトの子と、目配せをして、あの部屋まで
俺の荷物を取りに行ってくれた。手慣れた風だった。
金を払おうとすると、「今日は、料金は結構です」と言われた。


俺の話は以上。
聴いてくれた人ありがとう。
俺に言えるのは、カラオケは、なるたけひとりで行くな、ということだ。


次の話

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