[お化け騒動]
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「俺が、おばけを退治してやる!!」
F少年は、ある日ついに、そう宣言した。

その日の夜中。
F少年は、片手に寺から持ち出した木刀を握り締め、子供たちの視線を一身に
浴びながら、本堂を後にした。

昭和の初期の田舎の暗闇は、月の光で影ができるほど、濃く、深い。
そして細い道の両側には、例の凄まじい光景が広がっている。
それでも最初のうちは、英雄としての賞賛を背に、意気揚々と歩いていたが、
やがて振り向いても本堂を見ることも出来なくなり、励ましの声も聞こえなく
なってくると、カラ元気も次第に尽きて、F少年の足取りは、自然にトボトボと、
力ないものになっていた。

ぽつんと立っている、細い電柱。そこに取り付けられた、頼りない電球の
灯りに照らされて、その便所はあった。
屋根はなく、四方を板で囲んだだけの、粗末なつくり。
やっとの思いで、そこまでたどり着いたF少年だったが…、

正直、怖くて扉が開けられない。

それでも、ここまで来てしまったからには、もうやるしかない。
ガキ大将としてのメンツがかかっているのだ。
恐怖と緊張に汗の滲んだ右手に、木刀をしっかりと握りなおし、彼は便所の扉の
取っ手に手をかけた。

ただし、やっぱり怖いので、顔はそむけていた。

F少年は、ついに度胸を決め、思い切って取っ手を引いた。
勇気を振り絞って振り返ったそこには、髪を振り乱した、死に装束の女が!
それがぐぐっと、こちらに迫ってくる!
「うぎゃあああああっ!」
もうメンツも何も何もあったものではない。

そして、本堂で英雄を待っていた子供たちは、恐怖の汗と涙で顔をぐしゃぐしゃにして、
四つん這いに這って来るガキ大将を出迎えることになってしまった。

こうなってはさすがに放置できず、付き添いの教師や住職は、事態の究明に動き出した。
そして、意外な事実が判明した。
幽霊の正体は、実は住職の妻だった。
子供たちが疎開してきてからというもの、暴れ盛りの彼らが、本堂を好き放題に
駆け回り、もともと物静かでやや神経質だった彼女は、すっかりノイローゼ状態に
なってしまった。
何度か夫に訴えたが、子供好きな住職は、仕方のないことだからと応じてくれない。
そこで、思いつめた末に、子供たちを追い出す作戦に出たのだった。
夜中に一人、あの恐ろしい場所で、幽霊の扮装をして、おっかなびっくりやってくる
子供を待ち伏せていたのだった。


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