[多生の縁]
前頁

寒気を感じるのはきっと気のせいだ。指が勝手に動くのも気のせいだ。私がここにいるのも気のせいだ。気のせいなんだ。
だって私はもう止めようと思っていた。
怖気づいて、怖くなって、今度、みんなと一緒に、止める。何で!止まってよ!
プラスチックの向こう、同い年くらいの子がこちらへやって来るのが見える。あの子は私を見ている。コギャルっていうのかな。
色の黒い、金髪で、いかにもっていういでたちだ。化粧が落ち着いていてよかった。可愛い顔をしているから。塗り潰しちゃ勿体無い。
彼女もきっとそれを知っているんだろう。
はっきりと、その子と目が合った。そのとき、私のこわばりが解けた。
三回目、成功。ただれた首。
* *
 「きゃ……!」
 文子は絶叫を腹の底へ押し込めた。冷静な判断だ。人のまばらなこととはいえ、大騒ぎをしては厄介になる。
 「しっ。大丈夫、大丈夫……」
 金髪の少女が文子の背後に居た。ぴたりと密着したところから温かみが伝わってくる。気持ちが静まったのは、彼女が気付いてくれたからだろうか。
大丈夫。文子はその言葉を繰り返した。

 少女の手が、文子の甲に置かれる。かさついた感触だった。文子は少し意外に思う。だがそんな悠長な考えも、ケースに目をやった途端に吹き飛んだ。首はまだある。
 「う……うう」
 インターネット上で飽きるくらいに見たグロテスクな写真とは全然違う。「当たり前だ!」と頭の片隅で注意される。そうだ。こっちは生……色々な意味合いで……。文子はまた唸る。
後ろで、息を吸う気配がした。少女が口を開く。
 「ねえアンタさ、焼肉好き?」
 「アタシはユッケが好きなのよん。この近所にある焼肉屋さんがね〜、おいしいんだぁ。あ、ねえ行く? これから行こーよぉ」
 駄目だ。
 文子は絶望した。これは、新手の、かつあげだ!
 前門のユッケ後門のギャルである。恐らく、いや確実にこのギャルには見えていないのだろう。
こうして手を握っているのは味方だと示しているのではなく、ただ獲物を逃すまいとのことなのだ。ああ、なんて大馬鹿だ私は! 
大体幽霊なんて見える人が居るのかこの世には!
 幽霊って一体全体なんなんだ!
 文子は自分の嗜好をまっさらにしてしまう呪文を唱えた。ギャルの言葉が分からないとはこういうことなのである。そして、目を開ける。
「……あなたって」
「じゃんじゃじゃ〜ん!」
 勢い良く振り向いた文子に、少女は驚くどころか「大成功」といった表情を見せた。少女は指差して「ほれ、あっち」と言った。
 「あれ……えぇ?」
 あの生首が無くなっている。潰れたトマトを貼り付けたような面がどこへも見当たらない。確かに先ほどまで、銀色のアームが掴んでいた。
しかしアームはスカの状態で停止している。その下の、ぬいぐるみの山に埋まっているようにはとても思えない。
「大丈夫でしょ? あのおばさん居なくなったからへーキよん」
 ――おばさん? 
少女は顔に掛かった髪をかきあげて笑う。そして、文子の耳元で囁いた。そう例えば、幼い子が将来の憧れを、おもはゆく呟くように。
「なまくび」
少女の笑顔は明朗だった。


次の話

Part166menu
top