[失踪した住人]
とあるアパートの住人が失踪したとかで、その部屋の掃除の仕事に携わることがあった。 
大家さんに鍵を借りて中に入ると、その部屋の中は異様な雰囲気を漂わせていて、 
散らかってはいないものの、何年も手入れをしていないように家具や床をホコリが覆っていた。 
大家さんが言うには、部屋の住人は毎日マスクで顔を覆っていて、軽い挨拶にさえ応じないほど 
無口で陰気臭い男だったそうだ。 
恐らく、顔面に火傷かなにかの傷を負い、それが原因で人間不審になったのではないかと思っていたらしい。 
それにしても、この部屋の異常さがやけに気になった。 
玄関から居間まで、まるで雪のようにホコリが積もっていて、廊下から居間の一定の場所だけがホコリをかぶらないでいた。 
不思議なことに、その跡を辿る限り部屋の住人はその一定のせまい範囲でしか行動をしなかったことが覗えた。 
ほとんど生活感が感じられないその部屋のホコリの跡を辿ると、ちょうど居間の隅の所で終わり、 
気になったのはその場所の天井がカビに蝕まれたように変色していたこと。 
良く観察すると、その天井には握りこぶしほどの穴が開いていて、その穴のせいで湿気が天井裏に 
入りこみ、それが原因でカビが生えたんだなということが読み取れた。 
薄暗い穴の中を覗きこもうとすると、なにやらティッシュのようなものが詰まっているように見えた。 
天井裏になぜかゴミが散乱しているケースは良くあるが、部屋の雰囲気と相俟って不気味な印象を 
与えている天井裏がどうしても気になって、大家さんの許可を得引き剥がすことにした。 
さっそくバールを穴にさし込んでグイグイと力を加えていると腐食した部分が一気に剥がれ、 
それと同時に天井裏に潜んでいたモノが床にこぼれ落ちる。 
バサバサバサ バサ カサカサ バサ カサ 
ホコリが瘴気のように周辺を漂った。 
大量のティッシュと、およそ避妊を目的に主に男性が装着するゴム性の避妊具が 
まるで土砂崩れを起こしたように辺りに散らばった。 
数百はあるだろうと思われるその避妊具は全て使用済みで、裾が結ばれている状態にあった。 
恐らくこの部屋の住人は、それをするためだけにこの部屋をかりていたのだ。 
部屋の有り様と、おかずと思しきもの不在という点を照らし合わせて考えると、 
部屋の住人はただただ修行僧のようにその行為に耽っていたのだろう。 
俺はその姿を想像して切ない気持ちになり、後輩に線香を買ってくるように言いつけた。