[産めない]
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でも、必ず最後は寝ている自分の所へ帰るの。自分の中へ…お腹へ入っていくの。そこで終わるの。 
だから…最初の子は…旦那に黙って…おろしたの」 
「で、でも…初めての妊娠でブルーになってたり、ノイローゼ気味だったり…」 
「そうかもしれない。実は妊娠中の人達が集まるフォーラムに顔を出したり、ネットでそういう事例がないか検索したりもしたし、色々したんだけど、 
あんまりにも、あの夢の自分がリアルで…。 
肉を切り裂く血の匂いとか…首をしめた時の手の感触とか…突き落とした子供の髪の毛とか…気持ち悪くて」 
「もしかして、それ、2回目の妊娠の時も見たの?同じ夢」 
「2回目は…もっともっとひどかった」 
「まさか2回目も?」 
彼女は黙ってうなずきました。 
もーなんて言ってあげたらいいのかわかりませんでした、私独身で子供もいないし。 
妊娠中ってそういうことあるんじゃないのかな?とか考えすぎだよ、とか。 
そんな深刻になることないじゃない?とか。大丈夫だよ〜と、明るく笑ってみたり。 
でも、彼女は暗い顔のまま俯いているだけです。 
「だから…別れたの。私と前の旦那の子…でなければ…もしかして、と思って…」 
「…そ、そんな…」 
そこで昼休み終了のチャイム(うちはチャイムが鳴る会社なんです)が鳴ったので、彼女は“つとめて明るく“風に(ぎこちないけど) 
笑顔をつくって 
「もう大丈夫だと思うんだけどね、相手が違えばきっと、と思うんだけどね。ねぇ?」 
そうそう、大丈夫だよ、とか。 
気にすることないよ、とか。 
そんなような言葉しか口に出来なかったような気がします。 
次に妊娠する時はもうそんなことないと思うよ。とかなんとか。 
そして彼女は退職していきました。 
それが1月の下旬の話。 
そして、昨日5月5日、GWの最終日前、彼女に偶然街でばったり逢ったんです。 
久々に逢う彼女は、なんだかますます色が白く、華奢になった気がしました。 
「久しぶり〜!元気?もーうちなんてEさんがいないから忙しくてさぁ〜!」 
あの時の彼女の独白なぞすっかり忘れて、私は会社の近況を話そうとした時。 
「Kさん…やっぱりダメかも…また見たよ。今度はもっともっとひどかった…。 
じゃあ、元気で。さようなら…」 
汗ばむほど天気のいい日でしたが、 
冷水を頭から浴びせられたようにぞーっとしました