[生け贄]
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親父の実家は先にも言ったように陸の孤島みたいなところだ。そういう古臭い習慣がだいぶ後まで残ったんだと思う
じいさんがなんでそんなこと俺らに聞かせたのかは未だによく分からないんだけど、その生贄の儀式っていうのは
神の恩恵を求めたものっていうよりは、厄介払いの意味を含めたものであったらしい

村中の嫌われ者、身体・知的障害者や、精神を病んだ人(憑き物ってじいさんは言ってた)を海に投げ込んでハイサヨウナラって感じ
だから捧げられるのは若い娘だけじゃなかったらしい。その裏で、多分こっちが本当の目的なんだろうけど厄介者を始末する
実際、近所の家にいたちょっと頭のおかしい人が、生贄を捧げた次の日から見かけなくなったというのがよくあったそうだ
あまりにも頻発するんで、村の中枢とはそれほど関わっていなかったじいさんも薄々は気づき始めたらしい
俺の妹が軽度の知的障害者だから、聞いたときは本当に嫌な気分になったorz

俺「でもさ…、それっておかしいとか思わなかったの? 娘さんは最初から沈められるって決まってるけど、そういう厄介払いされる人たちって行方不明じゃん」
じいさん「いやー、……娘さんにはむげー(可哀想・酷い)とはおもうたけんど、ほかんしぃが消えたあとはまわりんしぃ、むしろ厄介者が消えてせいせいって感じやったなぁ」
俺「……」

生贄の儀式が実は厄介払いのための建前っていうことは、当時の村の人間の暗黙の了解みたいなものだったんだと思う
誰も何も言わなかったってのは、そういうことなんじゃないかな

ちなみにこの風習も、昭和の中ごろになる前に自然消滅していったそうだ
村の人間も戦後あたりに家を継ぐ長男以外は出稼ぎで全国に散らばっていったから
生粋の地元人ってのもあまりいないし、事実を知っている人間は年寄りばかりで、そのほとんども亡くなっている
今生きているのは当時子供で詳しくは知らない人とかそういうのばっかりだ。そういう人たちもわざわざ話したりしない
だから生贄関連の話、記録とかには残っているんだろうけど(慰霊碑があるし)知らない人のほうが多いみたいです
まぁ自分の地元の郷土史なんて興味なけりゃ、ごく最近の出来事でも周囲の認識はこんなもんだと思う

結局、シゲじいさんはなんで俺と弟にこんな話をしたのかわからない
俺が民族学やらなんやらが大好きってことを知っていたから、それで聞かせてくれたのかもしれないけど
あの人、変人だったし。もう墓の下だけど、死ぬ直前まで口の達者なじいさんでした

でもあのじじいがこんな話をしてくれたもんだからしばらくは大変だったよ
今まで(今でも)可愛がってくれた年寄りたちの何人かはこの事を知っていて、実際に身内の中に生贄を出した家ってのもあるかもしれない
そう思うと嫌な気分になるっていうか、気のいい彼らに対する認識が少し変わったんだよな
彼らがいい人ってのはよく分かってるから、それで交流を止めたりはしないんだけど

以上、あまり怖くはないんだが俺個人としては気分の悪くなった話
俺は相変わらず実家に訪問することが多いのだが、まだ他にも普通じゃない話はいくつか見聞きしている
それは、話すときがあるかもしれないし、ないのかもしれない。さすがに地元特定されるようなネタとかは話せないし
個人的に、かつて村の有力者だったという家の話は、もっと凄かった…


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