[虚ろな目の女]
前頁

そんな事が10日ばかりも続き、夏ももうすぐ終わるぞという頃になった
いつもと同じように女は立っていた、しかしその日は並んでは歩かなかった、また最初の頃と同じように、後ろから付いてくるくるようだった
おや、と思い後ろを振り返ってギョッとした
振り向いたオレの顔のすぐ間近に女の顔があった
あの虚ろな目に、オレの顔が映っていた
ずっとその目を見ていると体が芯から冷たくなっとくる気がした
女は背中の籠に覆い被さる形で、オレの首を抱き込んで、足の先だけ地面に点けたまま、ちょうどオレは女をぶら下げズルズルと引きずるようなオカシな格好で山を降りる事になった
しかも重みはまったく感じなかった
オレはその頃にはもうわかりかけていたから、そんな事は無駄なのに、と思いながら女をズルズル引きずりながら山を降りていった

山を降りて、いつもの道を渡ると大きな桐の木がある、その根元に、風化して顔もはっきりしなくなった庚申様があった
これが為に女は村に入れないのだ、村に未練を残した人間でもいるのか、何となくオレは、その女が哀れになってもいた
振り向いたとき、やはり女は消えていた
それからさらに20日ばかり経ち、風や虫の声に秋を感じるようになったころ、あの道を広げ県道へ通じる道になることになった
不思議な事に秋雨の降る日には女は出てこなかった
一年以上前から決まっていた、その工事がいま始まる事になったのだ
その際に、あの桐の木は切られ、庚申様は一時別な場所に移される事になった
オレは不味い事になったと心中思った

どうせ、この時期は秋の長雨、たいした作物も取れるわけでもなし、オレは思い切って山に入るのをヤメにすることにした
やがて工事は始まり、桐の木は倒され、庚申様は近くの農家に非難した
11月も半ばになり、その日オレは所用で町まで出ていた
当時のバスは本数も少なく、終わるのも早いから、歩いて村に戻ったのは10時を回っていた
街灯の無いところは、ほんとうに真っ暗だった
女が立っていた、あれは村の中に入ってきていた
ある家の前にぼんやりと立っていた
田舎の家は夜早いというのに、その家はまだ灯りがついており、その灯りに女の顔がぼんやりと照らされていた
その家を見たとき、オレはアァと思った、あの女は確かにこの家の女房だった、と
一年前の夏に病気で死んだ嫁だった、と

何の病気で死んだのかは知らないが、それよりも村の噂になったのは、その亭主が、女房が亡くなって半年もしない内に、町に囲っていた後家を、家に住まわせた事だった、しかも後家はすでに身重だったと

これは、それから一週間程して聞いた話だ
あの日、女が立っていた日、後家は女の子を産んだと
しかし母親の方は出血がひどくその日の朝には亡くなったと
産まれた赤ん坊は助かったが、顔の右半分から背中にかけて赤痣がくっきりと、血を流したようにたれていたと


私の家は、その後、農家をやめ、町に越してしまいましたので、その後その父娘がどうなったのかは知りませんが、風の噂では父親は泥酔した挙げ句、川に落ちて溺死したとか聞きました、なぜか口の中に髪の毛のような細く長い藻がいっぱい詰まっていたそうです
ただ、父が最後まで不思議がっていたのは、なんでオレとこの山にいたんだろ、それがワカラン。ということでした


次の話

Part162menu
top