[虚ろな目の女]

この話は、私の父が生前体験したことを、なるべく当時の様子を変えず、またその時の父の口調、内容を崩さぬように私がお越し直したものです、文中オレとしてあるのは父のことです
昭和30年代の後半のことだそうです
私の家は元は農家でありました

オレの家の裏にある持ち山の中腹には、昔小さな畑があってな、自分とこだけで食べる分だけを作ってたんだわ、水もちゃぁんとあった
大抵は毎日、田に出る前と後、朝と夕に作物の世話をしたり、取り入れをしたりしていたんだ
夏のある日のことだ
日も傾いて西の山にもうすぐ隠れるという頃ョ、仕事を終え、さぁもう帰るベェかと、ヒョイと顔を上げると畑の隅に女が立っている
こんな山ん中、こんな時刻に、なにより此処はオレとこの山ダァ、と怪しんだんだが、別段何をしているでもなく、ただジィとこちらを見ている
身なりからして山乞食とゆうのでもないようだ
オレは何をしているのかネと尋ねてみようと思って近付いたが、その女の目が、オレを見ているというよりも、オレの頭の後ろ、ヘビみたいに虚ろな無限大になっている
オレは気味が悪くなり、踵を返すと籠を背負い、早々に麓の自分の家へと山を降りることにした

少し歩いてから、オレは振り返ってみた、あの女はどうしたろうかと
そしたら、その女、オレのすぐ後ろを付いてきてるじゃないの?
いよいよ気味が悪くなったけど、こんな田舎の村には不思議な事の一つ二つはあるものだから、もう気にするのは止めて、成り行きに任せることにした
それでも腰の鎌だけは、いつでも抜けるようにと用心だけはしていた
やがて山道が終わると、細い田舎道に出る、後ろを振り返ると女はまだ付いてきてる
この道の向こうが村の中だ
道をわたると漸く安心した
オレはまた後ろを振り返ってみた
すると、女はいない、この暮れかけた中を一体どこに行ったのか、オレは半ば本気で狐に化かされたと思っていた

翌日もオレは昼から畑に行った、そしてその日の仕事を終えて、道具を片付け、顔を上げると、その女はまた畑の隅に立っていた
昨日と同じように山を降り、後ろを振り返れば女はやはり付いてきていた
そして麓の道に出ると女は消える
翌日も同じ、後ろを振り返れば女がいた、オレの方もその頃には余り気にならなくなっていた
四日目、女はやはりオレと一緒に山を降りたが、その日は少しいつもと勝手がちがっていた
いつもオレの後ろを従うように付いてきた女はが今日は並んで歩きだした
横目で女の顔を見ると、最初に見た時と同じ、虚ろで無限大の目をしていた、オレはコイツとニラメッコをしたならば、さぞかしつまらなかろう、そんなコトも考えた
改めて見ると年の頃は三十を少し過ぎているか、しかも、女の顔にどうも見覚えがあるようにも思えた

続く