[水恐怖症]

俺は元水泳部だ。
だけど、今は水が怖くて幼児用のプールにも入れない。
その原因となった話をしようと思う。
数年前の冬、友人のS宅に呼び出されたのは夜10時も回った時だ。
翌日は休みだったし予定も無かったから、呼び出しに応じる。
女癖が悪くてイザコザに巻き込まれる事数回。
自己中だから友人も少ない。
今回も振り回されるのを覚悟だった。

部屋に着くなり、Sが服を投げて寄越した。
夜釣りに行くのだと言う。
軽装だったから、確かにこのままで行ったら寒い思いをするだろう。
コートだけで良いと言ったのだけれど、汚れると言われて一式借りる事にした。
自己中なSにしては気が利く。
俺とSは体型がよく似ているから、借りた服はピッタリだ。
Sの服を着て帽子まで被ると、鏡に映る自分がSソックリで不思議な気分がした。

行き先は車で30分程の沼。
釣りは詳しくないからドコで何が釣れるという知識は全くない。
言われるままに餌をつけて糸を垂らした。
月明かりで、水面に浮かぶ浮きが揺れるのを、ぼうっと眺める。
釣りは誘われればする程度だし、暗いし、会話もないし、暇だ。
それにしても、こんな時間に俺を釣りに誘うなんてSも余程暇だったのだろう。
ふと思い出してSに訊ねた。
「そういえば、彼女は?」
翌日が休みともなれば、大概は彼女と一緒に居たはずだ。
特に今付き合っている女はベッタリするのが好きだとノロケられていたし。
「あぁ、その事なんだけどさ。」
ふいに真面目な顔をしてSが俺を見た。
「幽霊、信じるか?」
俺の問いを無視した問いで返されたけど、Sとの会話では良くある事だ。
ぶっちゃけ俺は幽霊だの妖怪だの信じないタチだった。
そう答えるとSは笑った。
「だからお前を呼んだんだよ。」
そう言って、Sは俺が嫌いな(苦手という意味ではない)類の話をしだした。

あの女な、自殺したんだよ。
一緒に海を見に行って、そこで喧嘩して。
ヒステリーおこしてさ。
俺、頭にきて女を置いて一人で帰ってきたんだ。
家に着くなり警察から電話。
女が俺の連絡先を書いた遺書を残して海に飛び込んだんだと。
近くにいた釣り人が見ていて、すぐに連絡してきた。
・・・死んでた。
遺体は1週間前に上がったそうだよ。
10日くらいは水に漬かってたみたいだな。
それからだよ。
風呂にお湯張れば、風呂の中に女の顔。
川を見ればコッチを見てる。
しまいにゃ、味噌汁や珈琲の中からも出てくる始末だ。
どうやら水が溜まってる所に出てくるみたいだ。

続く